サイドストーリー

HAGANE Ver1 第一章 「白い幽霊 WRAITH」
・・・・・・ここは・・・・・・何処だ?
視界がはっきりしない
体が重く感じる
気持ち悪い
体を起こして、床に手をつく
ぬるりとした感触がした

・・・・・・血だ
俺の手にべったりとどす黒い血がついている
俺が怪我しているのか?
周りを見渡す
床が真っ赤だ
床だけじゃない、壁にも血飛沫が飛び散っている
あいつは何処に行った?
体を貸してくれるなんて聞いてないぞ?
何処へ行った?返事しろよ!

それよりも、なんてにおいだ、生臭い
これは、血のにおいか?
いや、何の血だ?
誰の血だ?
俺は振り向いた
俺はそれを見たんだ
俺はそれを見てしまったんだ
三人の、死体を

何でだ?何でこんな事になってるんだ?
いつからこうなってた?
俺はいつからここに居た?

別に俺の父じゃない筈だった
俺の母じゃない筈だった
俺の婚約者でもない筈だった
全部あいつの物だったのに
それでも、俺は泣いたんだ
それから、俺は・・・・・・
俺は・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・?」
何か聞こえる
「・・・・・・ヴン?お・・・、聞・・・・・・るのか?レイヴン!?」
はっとして、目を覚ます
「出発するぞ!はやくトレーラーに乗れ!」
時計を見ると、ちょうど出発時刻だった
俺がトレーラーに乗ると
「まったく、こんな居眠り野郎で大丈夫かねぇ!こっちはあんたに命を預けてるんだよ?しっかりしてくれよなぁ!新人レイヴンを雇った前回の輸送部隊みたいに、テロリストに撃破されて俺達まで皆殺しなんてのは勘弁してくれよ!」
などと大声で愚痴を言われてしまった
俺は適当に聞き流し、また居眠りを始めた
それにしても、何か夢を見ていた気がするが……
まぁいい、夢の内容を忘れるなんていつもの事だ

今回のミッションは楽な仕事だ
ミラージュに敵対するアースアポストルというテロリスト集団から輸送部隊を守ること
アースポストルの意味は大地の使徒・・・・・・
レイヤードという限りある世界の中で生活してきた俺たちにとって地上は正に楽園だった
それは企業も同じで、森林を伐採し地面に大穴を開け、恐るべき速さで都市や工場、軍事基地を作り上げて領土を拡大していった
サイレント・ライン以前のBrigade Project(地上開発プロジェクト)に無理があったのか、環境破壊は予想以上の速さで進行していた
凄まじい速さで進んだ環境破壊に流石の企業も危機感を覚えたのか最近は自粛しているようだが・・・・・・
まぁその時期に乱立した環境保護団体の中でも過激派中の過激派がアースアポストルだ
現在、同じ過激派の環境保護団体を吸収合併しながら勢力を拡大しつつある・・・・・・らしい

それほど気を引き締めなくても、MT数機しか装備していないテロリストなど、問題では無い
実は二ヶ月前にミッションの後、ACに乗ったまま輸送機で運ばれて帰る途中に輸送機のアームが壊れて転落事故を起こした
まぁ正確には起こされたんだが・・・・・・
通常モードどころかジェネレーターすら停止させて居眠りをしていた俺は、反応が遅れてブースターでショックを完全に吸収できないまま地面に叩きつけられてしまった
機体は大破
俺は全治二ヶ月の怪我を負った
まぁそのリハビリに選んだミッションだ
簡単な仕事だ・・・・・・


・・・・・・
始めは不安だった
今回のレイヴンは居眠りしてばかりでどうにも頼りない
この間の輸送部隊もレイヴンを雇ってはいたが、どうにも新米だったらしく・・・・・・
アースアポストルにあっけなく殺されて、補給物資を奪われた挙句に部隊は皆殺しだったらしい
金をケチるからそうなるんだ、どうせならランカーレイヴンを雇ってほしい
だというのに、上司は俺たちのことなんて考えてないんじゃないだろうか
いや、もう何をいまさらといったとこか
あいつらは自分たちが出世することしか頭に無いんだろう
だが・・・・・・こんな役に立ちそうも無いレイヴンじゃなくてもう少しまともなレイヴンを雇ってほしかった・・・・・・
また全滅するんじゃないかと不安になる
俺はそんなのは御免だ
家には二人も子供がいるし、三人目も・・・・・・

「レイヴン、そろそろ用意してくれ」
と、通信が入った
そろそろ前の部隊が襲われたところだ・・・・・・
「おい、仕事だぞ!しっかりしてくれよな」
隣のレイヴンをたたき起こしてACへ向かわせた
「まったく、ギリギリまで居眠りしてやがった・・・・・・」
乗り込んだことを確認してからACを起こす
前進して部隊の前に出ようといているACを観察する
スタンダードな中量二脚にミサイルが両肩とエクステンションに、右手にはライフルで左手にはブレードか・・・・・・
どこにでも売ってるような普通の装備だが・・・・・・頭だけは見たことも無い形だった

・・・・・・奴がポイントマンになり、部隊は前進していく
基地までの道程の半分ほど行った所で、突然レイヴンが停止する
なにか見つけたのだろうか
気になって・・・・・・本当は違反だが無線を傍受してみた
「テロリストだ、下がれ」
「パルスもドップラーも反応してないぞ?」
・・・・・・どうやらレイヴンと指揮官が揉めてるらしい
「反応が無くても居るんだよ。死にたいのならついて来い、ただし指揮車だけでな。輸送車を破壊されると報酬が減る」
「・・・・・・判った、任せよう」
「確認するが、対人戦闘は依頼には無いな?」
「ああ、対人戦闘はこっちでやる」
「歩兵も潜んでる。おそらく両脇から来るぞ、対戦車ロケットとMTの流れ弾に気をつけろよ」
・・・・・・なんだ、けっこう頼りになるんじゃないか?
「安全と思われる地点まで後退する!対人戦闘用意・・・・・・前方に煙幕を張れ!」
無線から指揮官の声が流れてくる
・・・・・・まぁ部隊のど真ん中にいる俺は必要ないとは思うが、念のためサブマシンガンを取り出し、隣の座席に置いた
前方の装甲車のスモークディスチャージャーで煙幕を張った
後退しながら、煙越しにレイヴンが乗っているACのブースターから出る蒼い炎を見ていた
・・・・・・


岩山などの障害物が多い・・・・・・
敵はMT・・・・・・数は・・・七か
ニ世代前の旧式MTが四機、工業用を改造したMTが二機、重装型MTが一機
数はそれなりに揃ってるようだが・・・・・・所詮はテロリストか
企業の部隊のようにきちんと訓練されてはいないようだ
動きはバラバラ、射撃もイマイチ、有効な遮蔽物を見逃して機体を晒すし、マトモな回避運動も出来てない
まぁ、環境保護団体が高度な戦闘訓練を受けているのもどうかと思うが・・・・・・

モニターに警告表示・・・・・・俺を運んでいたトレーラーからデータリンク要求?
・・・・・・見たいんなら見せてやるよ
そう思い、データリンクを許可してから敵の方へと機体を走らせた

不規則動とマニュアル照準を一度には無理なのだろう・・・・・・
遮蔽物に隠れようともせずに、足を止めてハンドガンを撃っている二機の工業用MTをそれぞれライフルの二連射で仕留める
改造してあるとは言っても所詮は工業用、FCSなんて積んで無いし装甲だって薄い
弾丸はあっけなく貫通して、MTは爆発した

旧式とはいえ、ほかのMTはこれほど簡単にはいかなかった
まぁさっきの二機が簡単すぎた訳だが・・・・・・
右側の二機からのバズーカを避けながら、岩の陰から姿を現した一機のMTにライフルを三連射する
腹と胸に弾丸がめり込み、頭も吹き飛ばされたMTは横転してそのまま動かなくなる
懲りずに同じ場所から飛び出したMTは右足と両腕を吹き飛ばされて動けなくなった

残りは旧式二機と重装型一機
さっき右側にいた二機に重装型が加わり、バズーカと二門のグレネードで弾幕を張る
流石にグレネードが直撃すればそれなりのダメージは覚悟しなくてはならない
バズーカだって当たり所が悪ければ一発で戦闘不能になる恐れもある
修理代だって馬鹿にならない・・・・・・

いったん岩の陰に隠れ、手の甲だけを岩陰から覗かせる
岩越しに三機をロックオンし、垂直ミサイルを発射する
サブモニターに手の甲のカメラの映像を映し、着弾を確認する
重装MTと一機の旧式MTはミサイルの直撃をくらって爆発した
最後の一機も右腕を吹き飛ばされて倒れた
終わったかと思ったが、最後の一機が起き上がって逃げ始めた
まったく・・・余計な手間を・・・・・・

追いかけようとした時に、遠くの岩山の上で何かが動いたように見えた
・・・・・・新手か?
レーダーのレンジを広げる
いる・・・あの岩山の向こうにニ機・・・・・・

突然、ヘリが岩山の向こうから現れた
さっき動いた何かはローター上のレドームか・・・・・・
ニ機のヘリから一斉に十六発ものミサイルが発射される
「っく・・・・・・」
迎撃装置が反応し、自前のFCSでミサイルをロックして迎撃を始めた
俺自身も機体を操作し、肩の装甲を開いてデコイを撒きつつ回避運動を行う
発射された十六発のミサイルの内、四発は迎撃装置が撃ち落し、十二発は俺がでたらめにばら撒いたデコイに引かれて爆発した
残りの一発は俺の脇を掠めて・・・・・・地面に突き刺さったまま爆発しなかった
・・・・・・不発弾か

ミサイルを撃ち尽くしたヘリは勇敢にもガトリングを撃ちながら接近してきた
まぁ、勇敢というよりは無謀というべきだろうか
ACの装甲にはヘリのガトリングなど豆鉄砲に等しい・・・・・・が、輸送車両には十分すぎる脅威だ
ガトリングの弾幕を岩影に隠れてやり過ごし、ライフルだけが出るようにして弾幕を張った
ローターを基部から吹き飛ばされたヘリはそのまま墜落し、爆発した

弾幕を張った時にマガジンに残った全ての弾を撃ち尽くしてしまった
空になったマガジンを捨て、腰のハードポイントからマガジンを取って装填する
その間にレーダーで敵の位置を確認する
一機は徐々に離れていく
おそらく取り逃がしたMTだろう
もう一機は・・・・・・真後ろか!

姿勢を低くし、横へ移動しながら百八十度旋回する
俺が動き始めるのと殆ど同時にヘリが背後の岩陰から姿を現し、ガトリングを撃ってきた
さっきまで隠れていた岩が銃弾で砕かれ、破片を撒き散らす
ガトリングがこちらを向く前にヘリをロックし、トリガーを引く
ライフルから吐き出された弾丸はヘリのエンジンを直撃し、ヘリは爆発した
いかんな・・・・・・有視界に頼ってレーダーに注意を払うのを怠ってしまうのは自分の悪い癖だ
早めに直さなければ、いつかこれが原因で命を落とすかもしれない

逃がしてしまった一機は既にレーダーのレンジ外に出てしまっていた
追いかけても良いのだが・・・・・・部隊を離れるわけにもいかない
テロリストは出来るだけ殺すようにと言われているが、あくまで護衛が目的だ
・・・・・・忘れるところだった

先ほど倒した、右腕と両足を失い、倒れているMTへと近づく
コックピットハッチは開放されてはいなかった
ハッチが歪んだか、脱出装置の故障か・・・・・・理由は分からないがまだテロリストは乗っているようだ
ライフルを構えた時に、MTの外部スピーカーから若い男の声がした
「た・・・・・・助けてくれ」

助けて・・・・・・だと?
「それは出来ない相談だ」
「頼むよ!お願いだ!もう足を洗うから!」
出来るだけ殺すようにと言われているし・・・・・・なにより
「・・・・・・そんなに死にたくなかったのなら、初めからそんな事やらなければ良かったのさ」
「・・・・・・やめっ」
トリガーを引く
その無機質な感触のなんと冷たいことか


・・・・・・
戦闘は特に事も無く終了した
そりゃあ両脇の装甲車やらは大変だっただろうが、俺は部隊の真ん中のトレーラーの中で戦闘が終わるのをただ待ってただけだ
地上部隊の天敵であるヘリの爆音が聞こえてきた時は少し焦ったが、こっちに来る前に光の塊になって爆発していた
再び前進を始めた時、レイヴンのACが近づいてきた
居眠りばかりだが、腕は確かだった
勝手にデータリンクさせて戦闘の様子を見ていたが、ランクに入っていてもいいのではないかと思ったくらいだ
さっきは言いたい放題言っちまったな・・・・・・とりあえず謝っておくか
「よぉ、あんた、いい腕してるじゃねぇか。さっきは散々言って悪・・・・・・」
「乗せろ」
「・・・・・・は?」
「乗せてけ」
「・・・・・・前言撤回」
・・・・・・


情報に無いニ機のヘリというイレギュラーはあったものの、テロリストは輸送車を一台も破壊できずに全滅した
テロリストは全員死んだだろう
車両の機銃で細切れになったテロリスト達を見ても何の感慨も沸かない
今のご時世、クレスト、ミラージュ、キサラギ等の大企業に歯向かうような奴等は長生きできない
早死にしたい奴等は死なせてやれ、と常々思っているわけで・・・・・・
それに、いちいち感慨に浸っていたらレイヴンなんて出来ない

レイヴンに限らず、傭兵は理想や思想のために戦う人間では無い
何かを守るでもなく何かを成し遂げるためでもなく人を殺すのだ
金のために人を殺す・・・・・・一般市民から見ればこれほど醜悪な職業があるだろうか
殺される側からしてみれば犯罪者と殆ど変わり無い
傭兵が求めるものは、報酬と戦い
昨日一緒に戦った仲間だろうが、十年相棒として付き合ってきた仲間だろうが、一度敵同士になれば何の躊躇も無く殺し合う
それが傭兵、この夢も希望も無い職業がレイヴンだ

その割に人気がある職業だったりするのは、裏よりも表が華やかだからかもしれない
確かに表は華やかだ
管理者を破壊して地上への扉を開いたのもレイヴンだし、サイレントラインを停止させ、新たな土地を解放したのもレイヴンだ
レイヤードを壊滅寸前まで追い込んだ巨大MTを破壊したのもレイヴン
他企業から襲われる都市を救うのもレイヴン
しかし、都市を攻めるのも、レイヴンだ
多くのレイヴンは人を救うことなど考えてはいないだろう・・・・・・

殺し合いである戦闘は人の心を狂わせる
敵の死を、人の死を間近で見る歩兵達は真っ先に狂っていく
逆にACや爆撃機など兵器の中で戦う兵は狂うのが遅い
爆撃機のパイロットは、何千フィートも下で自分が巻き起こした地獄絵図を間近で見ることは無い
皮肉な話だとは思うが・・・・・・数十人を殺し殺され狂っていく歩兵の何十倍も人を殺しながらも、まだ人でいられるのだ
眼下で広がる紅蓮の炎を見つめながら今ので何人死んだのだろうかと考え始め、何十人何百人と殺したかもしれないのに何も感じていない自分に気づいたとき、潰れはじめる
そうした時の選択肢は・・・・・・狂うか、何も考えずに戦い続けるかの二つだ
おっと、もう一つあった
怯えて殺されるのを待つか・・・・・・だ
・・・・・・閑話休題

まぁ大企業に逆らって無事で済まないのは、渡り鳥のレイヴンにとっても同じことかもしれない
傭兵は戦争が無ければ生きて行くことは出来ない
依頼が来なければ飢え死にだ
そう考えると、地上に進出してからの激しい企業間抗争はレイヴンにとっては歓迎すべき事態かもしれない

とにかく、テロリストは殲滅した
依頼の輸送部隊が基地に到着するまで護衛するというこのミッションは達成したも同然だろう
念のため、戦闘モードのままで基地まで付いて行く手筈だが……
面倒なのでトレーラーの荷台に乗った
運転手からは散々文句を言われたが、あまり気にしなかった

しぶしぶ走り出したトレーラーの上で、ACのモニター越しに空を見上げる
今日は雲ひとつ無い夜空ということに気がついた
無数の点の中に、金色に輝く丸が一つ
レイヤードに星なんて無かった
場所によっては、天井にスクリーンで表示していた所もあったが、レイヤードの空はこれほど広くは無かった
レイヤードの人間は本当の空など知らなかった
レイヤードの人間は本当の星など知らなかった
地上に出たときは、この広すぎる空に押しつぶされそうだと感じたくらいだ
科学者は無限などあり得ないなど言うだろうが・・・・・・
人間に認識できない数を無限というなら今空に出ている星の数は無限と言えるのだろうか
地上に出てからは暇さえあれば星を見ている気がする

同じ星でも太陽は嫌いだ
理由は眩しすぎるから
太陽の眩しすぎる光は空を覆いつくし、黒いはずの空を蒼く染めてしまう
星が見えないからとかそういう理由だけでは無い
企業が汚い部分を嘘で塗り固めているのと似ているように見えて嫌なのだが・・・・・・
それで・・・・・・
「俺は・・・・・・人の事言えるのか?」
思わず呟いたその時、トレーラーが停止した

「レイヴン、起きてるか?」
トレーラーの運転手から通信が入る
「ああ、起きてる」
「イレギュラーだ、前を走ってる車がACらしき物を発見した。調べてくれ」
「テロリストか?あいつらがACを持ってるなんて情報は入ってないだろ?」
「ああ・・・・・・だが、このままで進むわけにはいかない、危険なら破壊してくれ」
「了解」
そう言って俺は機体を起こす
トレーラーから送られてきたデータを受け取り、ACらしき物がいる方向を索敵する
いる・・・・・・確かにACのようだ
輸送部隊を少しさがらせ、ACに近づいていく

近づきながら確認したが、起動している様子は無かった
どころかACの中にもその付近にも生命反応は無い
念のため、近くまで接近してもう少し詳しく調べてみることにした
白い装甲の軽量二脚
クレスト製のパーツのようだが、市販の物とは違うようだ
なにかの試作機かカスタムACだろう
何を隠そう俺のACの頭部もカスタム品だ
電子機器を強化し、短時間しか使えないが強力なECMも積んでいる
完全自作のACを使っているレイヴンだっていない事は無い
相当金はかかるし、企業の物より性能は落ちるので完全に趣味の世界だが・・・・・・
見慣れない白いACは、両膝をついてうなだれるように頭を垂れている

機体を放棄したのか、コアの中で死んでいるのか・・・・・・
改めて調べてみたが、やはり生命反応は無かった
白い装甲は砂埃で多少汚れてはいるが、被弾した跡は無い
エネルギーもだいぶ残っているようだ
まぁ、故障か何かで放置したのだろうと判断した

パイロットが不在ではありえない話だが・・・・・・もし動いたとしても敵ではないだろう
だらりと下がった両手は何も持っていないし、両肩のハードポイントには何もついていない
どころか迎撃装置や、対人装備すら装備していないようだった
脅威にはならない
俺はそう判断し
「無人だ、素通りしよう。弾薬代も馬鹿にならないからな」
と指揮者に通信をいれ、素通りすることにした
そして、この判断は大間違いだった

後退させた輸送部隊に近づこうと、後ろを振り向いた瞬間に警報が鳴り響いた
レーダーに黄色でUNKNOWNの文字・・・・・・
すぐ後ろの白いACが戦闘モードで起動したのだ
ありえないと思いながらも、ほとんど反射的に機体を旋回させる
白いACは立ち上がるついでに、ご丁寧にもブースターで威力を増した膝蹴りを俺のACのコアに食らわせる
コアの中にいる俺は激しい衝撃で一瞬気が遠くなる
俺の機体がよろめく
オートバランサーが働くが間に合わず、尻餅をついてしまった
白いACは蹴ったそのままの勢いで、俺のACを飛び越えて輸送部隊のほうへと飛んで行く

「あ、おい、クソ!装甲車、前へ!迎撃!」
ヘルメットから指揮官の慌てた声が聞こえる
遅れて装甲車の三十ミリ機関銃が咆える音、叫び声や何かが爆発する音が聞こえてくる
はっきり言って、抵抗は無駄だろう
軽量級の装甲が薄いといってもそれはAC戦での話だ
装甲車の武装など、ACには豆鉄砲だ
対戦車ロケットならある程度効果はあるだろうが・・・・・・
直線的な動きの車両とACは違う
不規則動中のACにロケットを当てるのは至難の業だ
あの指揮官だってそんなこと十分承知だろう

機体を急いで立ち上がらせ、振り向き、その光景を目にした
いくつかの装甲車が横転したり、粉々になったりして炎上しているのを見た
その奥で、輸送車両の一つに取り付き、センサーを赤く爛々と輝かせながらコンテナを力任せに引き裂いている白いACを見た
俺と、おそらく輸送部隊の全員が、白いACに恐怖を覚えた

人間は自分の知識を超えた、ワケのワカラナイモノを怖がるものらしい
それはたとえば幽霊や宇宙人等・・・・・・
この白いACは、死という恐怖に麻痺した俺たちを恐怖させる条件を十分満たしていると言えるだろう
ACはさっきまで無人で、その上機能停止していた
遠隔操作かと思い、ECMを最大出力で起動させたものの効果はゼロ
さっき観察したから分かるが有線でもない
人間が動かしても膝蹴りなど難しいのに、あんな動きができるAIなんてどの企業も開発には成功していない筈
確実に人間が動かしていなければおかしいのに、確実に生き物じゃ無い者があの機体を動かしている?
ワケがワカラナイ
このACは、まるで幽霊だ

なんて考えている場合じゃない
恐怖するのは後回しだ
考えるのもこれ以上恐怖するのも、生き残って帰るべき場所に帰った後でゆっくりすればいい
今はまだやることがある
レーダーの表示が黄色のUNKNOWNから赤いENEMYの文字に変わっている
奴は敵だ、倒さなければ殺される
今まで何十回と繰り返してきたこと
今回は相手が不気味な奴というだけだ
敵は、殺す
今は敵を殺すことだけを考えろ・・・・・・

白いACは引き裂いたコンテナの中からAC用のマシンガンを取り出し、マガジンを装填している
普通は武器を奪われても使えないようにプロテクトがかかっているのだが・・・・・・
不運にもプロテクトはかけられていなかったらしい、おそらく基地でかけるつもりだったのだろう
生き残っている装甲車が無駄と知りつつも健気に機関銃を撃ち続けるが、ACの白い装甲に弾かれて終わる
白いACは正確な射撃で装甲車を撃ち抜いていく
装甲車はあっという間に全滅し、輸送車も次々に餌食となっていく
俺はミッションの成功を諦めつつも機体を走らせた
撤退するにしろ何にしろ、奴は排除しなくてはならない

俺の機体はポピュラーな中量二脚
武装は右手にライフル左手にブレード
両肩は垂直ミサイル、エクステンションに連動ミサイル
インサイドにはデコイ・・・・・・
軽量級のACを破壊するには十分な火力だ
それに比べて白いACは輸送車から奪ったマシンガン一丁だ
距離もある
まだ、こちらが有利だ

さっき観察した時には迎撃装置もデコイも無かった
ならばマシンガンの射程外からミサイルを撃つのが利口な戦法だろう
エクステンションをオンにしてACをロックオンサイトにおさめる
短い電子音を聞き、ロックオンしたのを確認してからトリガーを引く
軽い衝撃とともに、丁度殺戮を完了したばかりの白いACへ向かって六発のミサイルが尾を引いて飛んでいく
白いACもこちらが動き出したことに気づいたようだ
通常のミサイル四発と上空を迂回してくる垂直ミサイル二発の時間差コンビネーション
これは中々避けづらいものがある
並みのレイヴンなら避けきれずにこれだけで落ちる時もある
まして白いACにはコアの迎撃装置もデコイも無い
さっきは不意を突かれたが、今度は大丈夫だ
勝てる、と思っていた

しかし、俺は甘かったようだ
白いACは並以上だった
いや、並どころじゃない・・・・・・桁が違ってた
ブーストを使って空中を浮遊しながら接近してくる
横へ移動し、ミサイルが命中する寸前で逆方向へ切り返す
ミサイルは白いACの機動に追いつけずに脇を通過し、虚しく空中を彷徨った
基本的な回避行動
だが、時間差で上から襲い掛かる垂直ミサイルは直撃する・・・・・・筈だった
白いACは避けようともせずに、手に持ったマシンガンの正確なバースト射撃でミサイルを叩き落した
二発のミサイルが火球へと変わる・・・・・・

「な・・・・・・」
これには驚いた
思わず声が漏れてしまった
FCSでミサイルをロックしたのか?
いちいちミサイルもロックしてしまうようなFCSなんて使えるのか?
まさか、マニュアルで?
人間業ではない
いや・・・・・・こいつは人間じゃないんだった

後退しながら続けざまに二発目三発目を撃つが、同じように避けられてしまう
それに・・・・・・速い
この機体も決して遅いわけでは無いのだが、あっという間にミサイルが無力と化す間合いに入られた
この間合いで撃っても当たらない・・・・・・
モニターの情報と警告音が俺にロックオンされた事を伝える
落ち着け・・・・・・パニックを起こすな・・・・・・
迷ってる暇は無い
ミサイルは弾切れに近いし、どの道この距離では使えない
両肩とエクステンションのミサイル、それとインサイドもパージする
ミサイルを持ってない相手にデコイを積んでいても仕方が無い
これで少し身軽になった
接近戦ではこちらが不利だ
だが
「やるしかない」
出来なければ死ぬ
そういう世界なんだ

白いACがマシンガンを撃つ
容赦無く降り注ぐ鉄鋼弾から不規則動で巧みに射線から機体をそらす
ついさっき立っていた地面が抉られる
盾にした岩山が削りとられる
訓練と実戦で研ぎ澄まされた嗅覚が嗅ぎつける、刻一刻と迫る死のにおい
時々避け切れなかった鉄鋼弾が、カァンと装甲を弾く音が聞こえてくる
跳弾した弾はいい、直撃しても一発や二発で止まるほど装甲は薄くない
後退しながらライフルで反撃するが、白いACは鳥のように空を舞い、するするとそれを避けてしまう
俺は不覚にも白いACの戦い方に見惚れてしまった
武術を極めた人間の戦いは美しいと聞くが、ACも同じだったのか・・・・・・

だが見とれている場合じゃない
これ以上近付かせるとまずい
牽制しつつ後退して、間合いを詰められないようにはしているが防戦一方だ
最大速度だけ飛びぬけたACだったらまだよかった
まだ勝てる気がしたかもしれない
奴は、白いACは掛け値無しの化け物だ
あれほど飛んでいるのにエネルギーが切れる様子は無い
加速力もブレーキング性能も、パイロットの反応速度も一級品だ
どころか動きを読まれてるのではないかと錯覚する
異常だ、あのACは異常だ
サイレントラインや管理者のように、普通のレイヴンが関わってはいけない臭いがする
関わったが最後、生きて帰ることは出来なくなりそうな・・・・・・
EOもライフルも弾切れが近い
予備のマガジンがトレーラーに積んであったが・・・・・・遠い
白いACの遥か後方で燃えている
取りに行く間に蜂の巣になりそうだ
勝てないと悟った
こんな奴と鉢合わせするとは・・・・・・この間の事故といい運が無いな

もうライフルの弾はマガジンに残った五発だけになってしまった
右足に次々と被弾
コックピットにも衝撃が伝わる
モニターは駆動系の異常を示している
さっきから被弾の警報を聞きっぱなしだ
間合いに入られた・・・・・まだ動けるが、もう避けきれないだろう
だというのに俺は何故必死にスティックを動かしているのだろうか
「死ぬのか・・・・・・」
と一人つぶやいてみる

あちこちの装甲に穴が穿たれていく
左肩の装甲が引き剥がされ、右足の膝から下が吹き飛んだ
機体を立てなおせずに、仰向けに倒れてしまった
もう限界だ、鉄鋼弾の雨がこのコアを、俺の体を貫くだろう
目は閉じなかった
死ぬ寸前になると走馬灯が見えるというが、俺にはモニターに映った星しか見えなかった
走馬灯を見るほどの思い出など俺には無いというのだろうか
何故レイヴンになどなったのだろうか
何故俺は戦っていたのだろうか
何か大切な事を忘れている気がする
・・・・・・考えるのは無駄だろう
俺は、今、ここで死ぬのだろうから

・・・・・・しかし雨は一向に降らない
もしやと思い、機体の上半身を起こす
白いACはマシンガンをこちらへ向けながら歩いてくる
何故近付いてくるのだろうか
そこから撃ってしまえばいいのにと思った瞬間に気がついた
白いACの弾が切れたのではないか?
予備のマガジンを持っている様子も無い
俺の悪運は尽きてはいないようだった
尽きていないと信じる事にした

今しかチャンスは無いだろう
もし、肉弾戦を挑んでくる気ならブレードを装備しているこちらが有利だ
ボロボロの機体でもまだ動ける
ブースターを点火させ、機体を起き上がらせて真っ直ぐと白いACへと突っ込んで行く
距離を詰めつつライフルを撃つが回避されてしまった
ライフルはいい、元より期待して無い
牽制にでもなればそれで十分だ

白いACがマシンガンをこちらへ投げつける
右腕でマシンガンを払いのけるが、衝撃で機体の右肘が変な方向へ曲がってしまった
ブースターは白熱し、溶け始めている
ジェネレーターは臨界一歩手前
ラジエータは今にも火を噴きそうだ
サブモニターは警告表示で埋まり、コックピットに警告音が鳴り響いている
気にするな、生きて帰ってから買い換えればいい
もう少し・・・・・・もう少しだ・・・・・・
何を考えているのか、白いACは逃げずに、ただ立っていた

間合いに入った
ブレードの間合い、必中の距離だ
勝利を半ば確信し、トリガーを引く
ヴヴンというくぐもった音とともに、強力な光の束が出現する
そして、機体の左腕を相手のコアに向けて突き出した
俺の勝ちだ、この化け物は串刺しだ・・・・・・

それでも・・・・・・白いACは本物の化け物だった
左足を引き、半身になって体をそらす
俺が必殺を願い突き出したブレードはコアをかすめて装甲を焦がした
焦がした・・・・・・それだけだった
避けられた、俺は必中の距離だと思っていたのに

白いACは俺の機体の左腕をつかみ、勢いを利用した足払いで俺の機体を地面に叩きつけた
背中から地面に落ちた俺の機体はひとたまりも無かった
その衝撃でコアの後ろとブースターが潰れてしまった
ショックアブソーバーで吸収し切れなかった衝撃がもろに俺に襲い掛かる
強烈なマイナスGで視界がレッドアウトし、背中をシートに叩きつけられた衝撃で肺から空気が押し出され、一瞬呼吸が止まる
ショートして、ヒビが入った右側のモニターが爆発する
ガラス自体は特殊なコーティングがしてあるので飛び散らなかったが・・・・・・
その奥から飛び出した金属片が頬を切り裂き、右肩に手のひらほどの大きさの金属片が刺さった
「ぐぁ・・・・・・クソッ」
痛みに思わず声が漏れる

俺も機体も本当に限界だ、完全に沈黙した
ジェネレーターは停止して、補助電源も作動しない
もっとも、補助電源じゃ戦闘なんて出来やしないが・・・・・・
とどめはいつ来るのだろうか、何か武器でも探しているのだろうか

我ながら間抜けな話だと思った
肩慣らしのつもりで受けたミッションで思わぬ強敵に出会い
これだけ必死に戦って手も足も出ない
やはりあの時に大人しく殺されておくべきだった
真っ暗で、何がが焼ける嫌な臭いと血の臭いが充満したコックピットの中でそんなことを考えていた

だが、とどめはなかなか来ない
痺れを切らし、ハッチを開放しようとするが、開かない
ハッチが歪んでしまったのだろう
仕方なく、脱出装置の火薬でハッチを吹き飛ばす

外はもう明け方になっていた
少し遠くで破壊されたトレーラーや装甲車が燃えている
白いACは・・・・・・何処にもいない
俺は地面に降りた
少し歩いて、振り返って自分の機体を見る
ひどい有様だ、良く生きていた物だと感心する
「さてと・・・・・・」
ただ突っ立っていても仕方が無い
とりあえず応急処置、出血しているが死ぬほどじゃない
薬品包帯を左肩に巻く
特殊な薬品が血液を固めてくれるので、きつく抑えたり縛ったりする必要の無い優れものだ
結構痛むが・・・・・・モルヒネは我慢だ
後遺症が怖い
サバイバルキットに入れておいた通信機は無事だったようだ
基地と連絡が取れた
そのうち救助が来るだろう

それにしても、あの白いACは何だったのだろうか
無人で動き、しかも上位ランカーよりも強く感じた
何故止めを刺さなかったのだろうか
何処で、何のために作られたのか
判らないことだらけだ

「運がいいのやら悪いのやら・・・・・・」
四十分ほど経っただろうか
救助のヘリの爆音が聞こえてきた
また入院か・・・・・・などと思いながら
朝焼けの中、俺は目を閉じた
作者:NOGUTAさん