サイドストーリー

HAGANE Ver1 第三章 「過去に狂う MISSING MEMORY」

U.G.399年
傭兵訓練所に入る
初めMTの操縦技術を学ぶが、教官の薦めでACパイロットになる
U.G.401年
レイヴン試験を受け合格、レイヴンとなる
同時に、グローバル・コーテックスにより過去の記録を抹消
ディア・アスタルトとしてコーテックスに登録
F.C.0002年
地上へ移住する

今見ているのはキースが送ってきた俺の記録だ
もしかしたらと思って頼んだのだが、キースはしっかり調べてきた
傭兵訓練所に入った後のことは覚えてる
そして

U.G.380年
第七居住区に生まれる
U.G.386年
六歳の時両親が離婚、母方に引き取られる
U.G.390年
十歳の時母が再婚
U.G.397年
十七歳で大学に入学
U.G.399年
十九歳で婚約
同年、両親と婚約者が殺害される
容疑者である隣人の男を殺害
その後、行方不明

コーテックスが消した筈の記録がこれだが・・・・・・
はっきり言って、ピンと来ない
他人の記録を見ているのと変わらない
しかし、これは間違いなく自分の記録なのだ
そして、多分
隣人の男が、俺が初めて殺した人間なのだろう
いや、ひょっとしたら
あの赤い部屋は、両親と婚約者を殺したのは・・・・・・

「う・・・・・・」
頭痛がする
脳に血が集まって、膨張してるような感じだ
心臓が鼓動を打つたびに、ズキリと頭が痛む
頭が割れそうだ
このまま脳が頭蓋を砕き、頭が破裂してしまうのではないかと本気で思ってしまった

それでも知りたい・・・・・・
ずっと考えないようにして来た
おそらく自分は忘れたがっているのだろう
知ったら後悔してしまうような記憶なのかもしれない
それでも知りたい
ビルに言われてからずっと気になっている
俺はいったいどういう人間なんだ?
俺は・・・・・・
「ナニモノなんだ?」

「自転車に乗るようなものですよ」
その通りだった
「用は慣れることです。適応者のあなたならそれも早いはずです。S・C・Sもあなたに合わせて改良してますしね」
まったく、その通りだった
初めは倒れたり吐いたりと大変だった
が、シミュレーターに乗るたびにキースがソフトを俺に合わせ改良した事もあってか、だんだんと俺はS・C・Sに慣れていった

「準備はいいですか?」
ヘルメットからオペレーターの声が聞こえる
俺は短く
「いいぞ」
と答えた
「では、行きます」

シミュレーターが起動し、モニターが点灯する
最早見慣れたシミュレーターの画面
碁盤の目のように整然とした道路
その脇にビルが立ち並んでいる
どこかの市街地のようだった

「今回の状況は市街戦です。敵機不明、味方機ゼロ、データリンク等の支援無し。黒銀の武装はライフルとブレード、固定武装のみです」
「了解」
「それでは、状況を開始します」
オペレーターが言い終わる前にS・C・Sを起動する
なるべく負担がかからないように必要な機能を選択して接続する
キースが作った新しいサポートソフトで、だいぶ脳への負担は軽減されたようだ
必要に応じて、意識するだけでセンサー等を接続できるようになったらしい
後ろが見たいと思えば後ろのサブカメラに接続するし、暗いと思えば暗視モードが起動する
「どうですか?ソフトの調子は」
頭の中にキースの声が響く
これにももう慣れた
「良好だ、大分楽になった」
「では、いつものように」
「了解」
俺は走りだした

跳躍し、ブースターを使ってビルの上に登る
ブースターの扱いも始めは大変だったが、今では普通のACに乗っていた時以上に素早く移動できるようになった
レーダー以外のセンサーを起動させ、索敵する
サブカメラでヘリを六機確認する
他にも、MTらしきエンジン音が聞こえるが、ビルの陰になって見えないようだ
敵ヘリの位置は五時に三機、九時に三機だ
まだこちらに気づいてはいないようだった

左旋回し、敵を正面に捕らえてロックオン
膝立ちになり、狙撃の姿勢をとる
コンピューターが計算した敵ヘリへの着弾予想地点が頭に流し込まれる
俺はそこを狙って撃つだけでいい
スナイピングでも、生身の人間のように手ブレなど気にする必要はなかった
なぜなら今の俺はAC、機械なのだから

三機の動きを良く見て、三連射する
初弾が真ん中のヘリに命中し、ウイングマンもやっとこちらの存在に気づいたようだが、時既に遅し
既にライフルから撃ち出された二発目と三発目が回避運動をとる前に二機目と三機目を貫いた
残りの三機はこちらの存在に気づき、ミサイルを発射する
六機のミサイルがこちらへ向かって飛んでくるが、直線的なミサイルの動きを捕らえるのは容易い事だ
コアの機銃で苦も無くミサイルを撃墜する
ドップラーレーダーを起動させ、地上へと下りる
障害物が多い市街地ではパルスレーダーはあまり役に立たない
ブーストを吹かし、落下速度を殺して着地と同時にブーストダッシュに移る
ビルは優秀な障害物だ
ミサイルから身を守るには十分だ
地上の敵は八機
気配を感じるように敵の位置がわかる
前方の十字路の右にMTが四機
通るところを待ち伏せする気だろうか、十字路の角で停止した
そのまま十字路を通過すると見せかけて、直前で跳躍する
曲がり角をショートカットする形でビルを飛び越える
突然跳躍し、頭上を取られてあせっている四機のMTに容赦なくライフル弾の雨を浴びせ、向かいのビルの上に着地する

後ろにいた一機のヘリにロックオンされた
すぐさま振り向き、迎撃体制をとる
が、同時に右側のヘリ二機からもロックオンされ、ミサイルが発射された
こっちが本命、挟み撃ちか
ミサイルを迎撃し、ヘリに向かいライフルを三連射してヘリを撃墜する
しかし、右から来るミサイルを迎撃するのは間に合わない
だが、焦る事は無い
着弾の寸前、絶妙のタイミングで跳躍
ミサイルは反応できずにビルへ激突し、爆発した
そのまま飛翔しながらヘリに接近する
後退しながらヘリがミサイルを撃つ
見越発射式の旋回加速度限界は高く、機動力は高いが、誘導時間限界の範囲内に入ってしまえば問題ない
シーカーの性能が良いので、通り過ぎてもそのまま誘導し続けるが、こんどは旋回加速度限界のせいで命中することは滅多に無い
だからミサイルを相手にするならば接近してしまうのが一番良いのだ
ヘリが後退するより、こちらのほうが早かった
ミサイルは旋回が間に合わず、くるくる俺の周りを回るだけだった
すれ違いざまにライフルを撃つ
一機はど真ん中を貫かれ爆発し、もう一機はテイルローターを吹き飛ばされ、きりもみしながら墜落していった
ヘリは片付けた
あとは地上の四機だ

四機は町の中心、一番太い道路にいた
俺はビルを挟んで並行に走っている隣の道路を通って接近していた
俺は、次の角を曲がって攻撃を仕掛けようと思っていたのだが、先手を取られてしまった
気配が、上昇していく

四機のMTは、太い道路からビルを乗り越えて攻撃を仕掛けてきた
流石は機動力重視の新型MTだな・・・・・・
などと感心している場合ではなかった
人間は上から襲われることを想定して進化してはいない
どうしても死角になってしまうし、精神的な面から見ても上は有利な状況に立てる
迂闊にも攻めることしか考えていなかった俺は慌てて回避しながら撃ち返した
何とか一機を撃ち抜いたが、バズーカでライフルが破壊されてしまった
舌打ちをしたい気分だったが、あいにく今の俺には舌が無かった
その代わり、強力なブースターと強力なブレードを持っている・・・・・・

三機が背後に着地する
二機はうまくブーストで勢いを殺しブーストダッシュで距離を取りはじめたが、一機は殺しきれずに隙が生じた
俺はその機会を逃さず、振り向きざまにブレードで真っ二つにする
残った二機は距離をとろうと、ブーストダッシュで後退を始めていた
機動力重視の新型とは言っても所詮はMT
この機体・・・俺から逃れることは出来なかった

二機のMTは併走し、後退しながらもバズーカで弾幕を張ろうとする
その弾幕の中を左右に体を振り、かいくぐって一機の懐に潜り込み、リバーブローのようにブレードをMTの脇腹に突き刺した
残った一機がこちらにバズーカを向ける
俺は左手でMTを持ち上げて盾にし、バズーカを防ぎ、MTを投げつけた
ギリギリのところでジャンプして避けるMT
なかなか良い腕のMT乗りだな
などと思いながら、ブーストジャンプで逃れようとしたMTに下から追いつき、ブレードで縦に切り裂いた

・・・・・・周辺にエネルギー反応無し
目標達成
通常モードへ移行してS・C・Sを切った
「状況終了、お疲れ様でした」
「どうですか?ショックアブソーバーを改良型に設定しましたが」
オペレーターとキースの声が聞こえる
「ああ、こっちのほうがいいな」
「じゃあ換装しておきましょう。脱出装置、使えなくなりますけどいいですよね」
「ああ、いいんだ」
おそらく、使うことは無いだろうから

「それにしても、この研究所のガードが歯も立たないなんて、上達しましたね」
「相手がMTと戦闘ヘリだしな」
「しかし、ライフルを破壊されたのは痛かったですね」
「まぁな。しかし、お前らガードに守ってもらう側にしてみたら、嫌な結果だったんじゃないか?」
シミュレーターから降り、ヘルメットを外してシミュレーションルームから出る
初めに使ったのとは違うシミュレーターで、こっちはGも再現するために規模が段違いだ
ただし、実践ほどでは無い
「ACのほうも出撃すれば、脱出する時間くらいは稼いでくれますよ」
「パイロット達はみな死ぬだろうがな」
「それがあの人たちの仕事ですから」
などとキースは笑いながらサラッと言った
「ひどい奴だな」
「あなたに言われたくはありませんね、僕はあなたほど人を殺していませんよ」
そんなことは無いだろう
キースの研究は、多くの人を殺したのは間違いない
「人を殺すための道具を作ってるくせにか?」
「まぁ、そうですね。僕は道具を使う人間だけが悪いなんて言いませんよ。力を手にすれば使ってみたくなってしまうのが人間ですし」
ああ、こいつ
判っててやってるんだな

「・・・・・・争いは必要ですよ。管理者に一度弄られた歴史ですから、信じられるソースとは言えませんが、戦争が人々の暮らしを豊かにして来たというのはU.G.以前からの変わらぬ事実です。平和な世界で百年かかる進歩を、戦争中では十年でやってのけるのが人間です・・・・・・そりゃあ開発競争もスポーツだって争いですけど、殺し合いには適わないでしょう?。自由を平和をとか言いながら、不自由を美徳とし、争いを求める」
「リアリストだな」
キースはいつもの調子、いつもの表情のまま言った
「僕はね、奇麗事が大嫌いなんですよ」


・・・・・・
研究員達とさっきのシミュレーションのデータを解析していると、研究員の一人が話しかけてきた
「それにしても凄いッスね」
「何が?」
「ほら、ディアですよディア」
「ああ、ディアさんね・・・・・・」

「これなら姫ちゃんにも勝てるんじゃないか?姫ちゃんでもここまで使いこなすのに一ヶ月はかかったよな」
「そうッスか?もっと早かったような気がするッスが・・・・・・」
「おい、お前ら!チーフの前では言うなって言っただろ!」
「あー、いいよいいよ。僕に気を使ってくれるのはありがたいけど・・・・・・君はちょっと気を使いすぎかな?」
「そ、そうですか?」
「それより、無駄話をしてる暇があるくらいなら新型ショックアブソーバーの方に行ってほしいね。時間もお金も無いんだから頭数くらいは揃えないと・・・・・・無駄話したり気を使ったりする余裕があるならその余裕でどうすれば今より性能が向上できるのか考えなさい」
『・・・・・・はい』
声をそろえて返事した後、研究員達は黙って作業を再開した

確かにディアさんの成長の早さには目を見張る物がある
だけどまだ足りない
ディアさんはS・C・Sを使いこなし始めたが、僕らのほうが・・・・・・ショックアブソーバーの開発のほうが芳しくない
金が掛かりすぎているだとか必要性に疑問があるだとか言って予算も降りてこない
このままじゃ勝つのだって難しいかもしれないというのに、だ・・・・・・
これではまるで、初めから勝たせる気が無いみたいじゃないか

こんな時にアロンソがいれば何とかなったかもしれないのに・・・・・・
いや、死んだ人間の事を考えるのはやめよう

「キース」
突然、後ろから許子さんの声がした
いつの間にいたんだろうか
考え事の邪魔をしないようにしているとか言ってたけど・・・・・・この人も少し気を使いすぎじゃないかと思う
「例の物が完成しました」
「・・・・・・テスト・・・は無理ですね・・・・・・あとは彼女を待つだけだね」
「ええ」
「許子さんにやり方を教えておきます」
「それは・・・・・・!」
「大丈夫・・・・・・念のためですよ、念のため・・・・・・」
・・・・・・


訓練の後、食堂で朝食をとっていた
S・C・Sを使い始めたころは食事も喉を通らなかったが・・・・・・
今ではカレーライスを普通に食べることができる
うむ、うまい
などと平和にカレーを食べているところへキースがトレイを持って現れた
後ろには同じくトレイを持った助手兼護衛兼監視兼予備という謎の女性、許子さん
「ここ、いいですかね」
などと言いつつもう既に座っている
同じく彼女もその隣の席に座る
「・・・・・・」

ちなみにキースのトレイの上にはハヤシライス
彼女のトレイの上には・・・・・・山盛りのサラダのみ
菜食主義者ですか?
「後一週間です」
突然真面目な話を初められ、多少困惑した
一週間・・・・・・
一週間したら、白銀との決戦だ
「で、俺は白銀に勝てると思うか?」
「あなたは、どう思ってるんです?」
・・・・・・無理だろ、あれじゃ

「無理だな」
「ですね。今日のあなたの動きでショックアブソーバーは限界ギリギリです。あれ以上の動きは体が持たないでしょう」
キースの依頼を成功させるにはどうすれば良いか
依頼主のキースと何度も話し合った
そして、得た結論が
奴以上、せめて同等の機動性を得ること
いくら破壊力のある武器を黒銀に持たせたところで、当たらなければ意味が無い
通常のFCSではもっと難しくなる
馬鹿正直に修正予測地点だけに弾丸を撃ち込んでも白銀を捉えることは出来ないだろう
修正予測地点だけでは駄目だ
経験からの予測や勘
威嚇やあてずっぽうも必要だろう
ACを自分の体とほぼ同じ感覚で動かせるS・C・Sなら、出来ると思う

・・・・・・倒すこと自体は意外と簡単に出来るかもしれない
ただし、キースの依頼を遂行するのは今のままでは無理だ
白銀を倒し、かつコアのメインコンピューターを無傷で持ち帰らなければならない
自分の実力以上の相手をメインコンピューターを破壊しないという条件付で排除する
これは相当過酷なミッションだ

・・・・・・戦闘機とACのパイロットというのは過酷な職業だ
前方にダッシュすれば血が後ろに集まり視界が暗くなってブラックアウトする
そのまま急停止すれば血が前に集まり視界が真っ赤になってレッドアウトする
上昇する時足をパイロットスーツに締め付けられるのは中々痛い
下降する時の浮遊感は実に気持ちが悪い
ハーネスがシートから体を押さえつけるので降りた時は痣だらけ
重G下では首を回すのも一苦労
通常の何倍もの重さになったヘルメット付きの頭を支える首はギシギシ軋み
脳細胞も規格外のGにプチプチと潰れていく
黒銀の性能を限界まで引き出すとダッシュしただけで俺はブラックアウトだろう
ひょっとしたら潰れて死んでしまうかもしれない
パイロットスーツを着ていても人間が耐えられるのはだいたい10Gまで
それでも10Gでは一分も持たない
黒銀はショックアブソーバーでGを緩和しても10Gを超えてしまう
それで黒銀の性能を引き出しても俺が死なないようにショックアブソーバーを改良してるわけだが・・・・・・
もう時間が無い

「ファンタズマにあったようにあなたが脳だけになれば解決なんですけどね」
と、笑いながら肩をすくめて恐ろしいことを言うキース
隣の彼女はとってもブラックなジョークを聞いても黙々と野菜を食べ続けているのみ
「勘弁してくれ・・・・・・」
いろんな意味で
「冗談ですよ。半分本気ですけどね」
「逃亡って銃殺刑か?」
半分本気で考えた
「もっとひどいです。表向きガス室送りですけど、実際は人体実験にまわされますね」
「勘弁してくれ・・・・・・」
「・・・・・・正直、それくらい厳しいんです。大口叩いておいて何ですが、今以上のショックアブソーバーを作るには技術も時間も足りません」
「深刻だな・・・・・・」
「何か、他に方法を考えるしかありません」
他に方法?
白銀に黒銀が勝る点などあるのか?
鋼の弱点である電子戦は使えない
鋼のS・C・Sはハッキングによる攻撃が直接搭乗者への精神攻撃になってしまうとか何とか・・・・・・
とにかくハッキングされた時はいったい何が起こるか分からないらしい
ハッキングを恐れて、通信回線はすべて切ってくるだろう
無論こちらもそうする予定だ
データ取り用のデータリンクまで外してしまうらしい
ちらりとキースの方を見る
あまり冴えない表情でハヤシライスを食べている
キースも、いい考えは浮かんでいないようだった
彼女の方は・・・・・・次の獲物(サラダ)を求めて立ち上がる所だった

「そういえば」
と唐突にキースが切り出す
「あなたの過去で、詳しく調べてみたら、興味深い事が・・・・・・」
「何だ?」
「六歳のとき、親が離婚してますよね。原因は児童虐待。あなた、虐待されてたんですね。で、その時に二重人格障害になって七歳の時に治療を受けてますが・・・・・・完治、人格統合をしないまま治療を終了させてますね」
「・・・・・・」
「それで・・・・・・傭兵学校に入る前の名前は」
名前は・・・・・・?
「ロラン・シュラキ」


ドクン――
心臓の鼓動が早まる
何だって?
二重人格?
誰が?
俺?
マジか?

ドクン――
妙に心臓の音が大きくなった気がする
頭が痛い
脳に血が集まって、膨張してるような感じ
心臓が鼓動を打つたびに、ズキリと頭が痛む
頭が割れそうだ
このまま脳が頭蓋を砕き、頭が破裂してしまうのではないかと本気で思ってしまう

「う・・・・・・」
「・・・・・・あれ?大丈夫ですか?」
俺の異常を察して声をかけてくるキース
「ちょっと・・・・・・頭が痛いだけだ・・・・・・部屋に戻って休む」
「じゃあ午後のシミュレーションは休みですか。って、顔色が真っ青ですよ!?」
何言ってるんだ?
こんなに頭に血が上ってるのに顔色が青いわけ無いだろう
「大丈夫だ・・・・・・問題無い」
「医務室に行きましょう。送ってきますから・・・・・・」
「大丈夫・・・・・・部屋で休めばそのうち直る・・・・・・付いてこなくても大丈夫だ」
そう言って、部屋に帰ろうとして立ち上がる
そうだ、いつもは時間が経てば直る

部屋に帰ろう
帰ったらベットの上に横になって・・・・・・
駄目だ、意識が朦朧としてる
今回の頭痛はいつもより相当酷い
前がよく見えない
ブラックアウトしそうな時のように暗い
貧血か?
馬鹿な、脳味噌にはこんなにも血液が集まっているというのに・・・・・・
少し歩いただけで膝に力が入らなくなる
やはり送ってもらうべきだろうかと思ったところで足がもつれる
倒れる・・・・・・
手を前に出して、受身を取らないと頭を打ってしまう・・・・・・
ああ、しかしそんな力出てこない
これから一瞬後に来るであろう痛みを覚悟したが
来なかった
誰かの腕で支えられている
ゆっくり、優しく仰向けに寝かされる

ああ、お前か
俺を支えてくれたのはキースの隣に座っていた許子だった
徹底的に無表情なくせに、なぜか今の無表情からは心配そうな印象を受けた
畜生、女に支えられたなんてな
恥ずかしくてあいつには絶対言えないな
・・・・・・あいつ?
あいつって誰だっけか
いや、考えるな
頭が痛くなる
もういい、目を閉じて休もう

「・・・・・・まさかカレーライスのタマネギで貧血じゃ無いですよね?」
と薄れゆく意識の中キースの声が聞こえた
馬鹿・・・・・・俺は犬や猫でもなければ吸血鬼でもないんだぞ・・・・・・


・・・・・・
ここは
何処だっけかな
ああ、家だ
家で何してるんだっけか
「ねぇ」
誰かが話しかけてくる

話しかけてきたのは、さっき知り合った男の子だった
「なんだよ」
「名前、なんて言うの?」
名前?そういえば俺の名前って何だろう
思い出せない
というか、無いんじゃないだろうか
もしあったとしても忘れているなら無いのと変わらないし

「多分、無いと思う」
「それじゃあなんて呼べばいいか分からないじゃないか」
俺は肩をすくめて
「好きなように呼んでいいよ」
「投げやりだなぁ・・・そうだね・・・・・・ディア・・・ディア・アスタルトなんてどう?」
「なんか変な名前だな・・・・・・」
「君が好きに呼んでいいって言ったんじゃない」
「ディア・・・・・・ね。まぁ、いいよ。今日から俺はディア・アスタルトだ」
「よろしく、ディア君」
といって男の子は右手を差し出した

「まった」
と俺が言うと男の子が首を傾げる
「君の名前を聞いてないよ」
「僕?僕はロラン・シュラキ。そういえば言ってなかったね。ごめん」
「それに、そんな手じゃ握手できないだろ?」
言われて初めて気づいたようにロランは右手を見る
右手は包帯で巻かれていて、握手できるような状態じゃ無い
「ごめん・・・・・・」
おっちょこちょいな奴だ
「いいよ。それじゃあ改めて。よろしく、ロラン」
と言って左手を差し出す
「よろしく」
そう言って俺たちは
握手を交わした
・・・・・・


・・・・・・
僕は最近
自分が普通じゃない事に気がついた
僕の頭の中にはもう一人いて
時々体を貸してるってのは
普通じゃ無かったんだ

友達と話してる時だった
「ねぇ、今日はどっちが来てるの?」
友達は不思議そうに首をかしげて
「どっちって?」
「え?入れ替わったりしないの?」
「入れ替わる?何を言ってるの?」
今度は、僕が首をかしげる番だった
それで気づいた
僕は、普通じゃ無いみたいだ

夜、そのことをディアに話す
そしたらディアは
「何?まだ気付いて無かったの?」
と笑われてしまった
ディアはとっくに気付いてたらしい

「なぁ、今日の歴史の授業聞いてたか?」
「まぁ、聞いてたよ」
「地上ってさ、本当にまだ汚染されてるのかな」
「さぁ・・・・・・汚染されてるんじゃないかな」
「俺はもう大丈夫だと思うんだけどなぁ・・・・・・」
「君がそう言うのなら、そうなんじゃないかな?」
「じゃあさ、大人になったら地上に出ようぜ」
「なんか怖いなぁ」
「大丈夫だって。俺が守ってやるから」
大船に乗ったつもりでいろよ、なんて言ってるディア
僕は運動が苦手だから人を守ったりとかは出来なさそうだ
ディアは僕より運動が出来るから、きっとそんな事簡単に出来るんだろうな
それに僕には無い、強い心も持っている
僕は君が、うらやましいよ
・・・・・・


・・・・・・
(ねぇ、代わって)
(な、何だって?)
(眠い・・・・・・)
(昨日夜遅くまで本なんか読んでるからだろ?)
(だって面白かったんだもん)
(俺は散々寝ろって言ったからな)
(君が筋トレなんかするのにも原因があると思うよ・・・・・・気づいたら体が疲れてたり・・・・・・)
(俺はちゃんと体の事を考えてだな・・・・・・)
(とにかく寝るよ。じゃ、よろしく)
(ま、待て。ちょ・・・・・・)

「待てコラ!」
一瞬
時が止まる
生徒も先生も驚いた顔でこっちを見ている
「・・・・・・す、すいません」
気まずい沈黙の後、席に付く

いかん
今はロランを装わなくては
「ロラン君」
クラスの連中に中身が違う奴だなんてばれたら・・・・・・
「おーい、ロラン君?」
隣の女子が肩を小突いてくる
「ロラン君!」
「は、はい?」
先生は呆れ顔で
「まったく、寝ぼけてると立っててもらうよ?」
「はぁ」
えっと
今は何の授業だっけ
机の上を見ると道徳の教科書が乗っている
そうか、道徳か
「じゃあロラン君、答えてください」
え?何を?
「えっと、すみません・・・・・・聞いてませんでした」
先生はため息をつくと
「ちゃんと聞いておかないと駄目だよ?じゃあもう一回言うから今度は良く聞きいてなさい」
「はぁ」
そんなこと言っても眠っていたのだから聞きようが無いじゃないか
理不尽な物を感じるな・・・・・・
「ロラン君、何故人を傷つけてはいけないのでしょうか」

「え?」
思わず聞き返してしまった
「?もう一回言いますか?」
「え?傷つけちゃいけないんですか?」
クラスの奴らが笑い出す
先生は人差し指をこめかみにあてながら

「もういいです。代わりにソフィーさん」
はい、と言って隣の女子が代わりに答える
「人が嫌がることは人にしてはいけないからで〜す」
「はい、まぁいいでしょう」

・・・・・・そうなのか?
じゃあ何で俺たちの親父だった男は、あんなに楽しそうに俺を殴っていたのかな・・・・・・
「分かりましたか?ロラン君?」
「え、あ、ハイ・・・・・・」
俺はさっぱり分からないけど
ロランならそう答えるんだろう

その夜
ロランに道徳の時間のことを話した
「それじゃあ今度から道徳の時間は君に出てもらおうかな」
「冗談じゃ無いよ・・・・・・勘弁してくれ」
あんなのはもうこりごりだ
「第一、俺のことが皆にばれたらどうするんだ?」
「そうだねぇ・・・・・・この間みたいに病院に行くことになっちゃうかもしれないしねぇ」
「だろ?そしたら俺は消えちゃうんだぜ?」
「それは嫌だなぁ。この間は僕が嫌だって言ったから帰ってったけど・・・・・・」

この間医者が来た
診療後、母さんと医者が話しているのを二人で盗み聞きした
俺が・・・・・・というかロランが二重人格障害で、治療が必要なことも聞いた
けれど、俺もロランも嫌がったのでとりあえず治療は見送ることにしてそれっきりだ
「まぁ、第二人格が本当の人格を憎んで体を傷つけることも多々ありますが、彼の場合はそんな事は無いようですし・・・・・・しばらくは問題無いでしょう」
と医者も言っていた
「ただし、何かあったなら強制的にでも人格統合をしたほうがいいでしょう」
とも言っていた・・・・・・
その後、俺たちは二重人格障害について調べた

二重人格・・・・・・
交替意識ともいう。一貫性をもった自我の統一性の障害された状態である。二重人格を示す人は,ある期間,それまでの人格とはまったく異なった人格状態を示す。まるで一つの身体を二人の人格が競い合って占領しようとしているようである。非常に奇妙な現象として古くから興味をもたれてきた。元の人格の状態に戻ったとき,別の人格状態での記憶はほとんどもっていない。二重人格は,通常は無意識的な世界に隠されている人格の別の側面が,ある期間だけ表に表れると考えることもできる。二重人格の状態は稀であるが,宗教的な精神病理としての神がかりや憑依(ひょうい)現象としては少なくない。これらの状態も,一時的に人格が変換した状態として見られるが,人格変換の持続時間や変換した人格の現実感覚に差がある。神がかりなどの場合には,現実感が喪失しているのに対し,二重人格の場合,かなりはっきりした現実感がある。
発症の原因は少年時代の虐待などの肉体的、精神的ストレスからの防衛反応と考えられており、今殴られているのは自分ではないという強い思い込みから別の人格を作り出すという仮説が有力だ。治療では別人格とのコミュニケーションが大事ではあるが、二つの人格を同時に示す事は無いためにノートを用いる場合が多い。が、本人と別の人格は、一方的に不運を擦り付けられた形になるために、本人の人格を恨むことが多く、体を傷つけたり血文字で呪いの言葉を書き残したりと治療が難しい。また、人格統合で消えることに恐怖を覚えて統合を拒否する事もある

「・・・・・・ごめん」
携帯端末でネットに接続して調べて、出てきた文章を読み終わったとき、ロランの第一声は謝罪の言葉だった
「・・・・・・気にすんなよ」
「でも、恨んでるんだろ?僕のことを・・・・・・」
「恨んでないさ」
「でも、僕は・・・・・・ここに書いてあるとおりに、父さんからの暴力から逃げたくて、君に全部・・・・・・」
ロランは泣いていた

「気にするなって。ほら、二つの人格を同時に示す事は無いとか書いてあるけど、俺たち一緒に考えたりしてるじゃないか」
「・・・・・・僕たちは、普通じゃ無い人たちから見ても普通じゃ無いんだね」
ロランが笑った
やっと笑った

「それに、俺はお前のことを全然恨んでない。悪いのはロランじゃない、あの糞ったれな親父だろ?」
「それは・・・・・・そうだけど」
「ストレスから自分を守るために俺を作ったんだろ?だったら、俺はお前を守ってやるよ。だからもう泣くなよ」
ロランは
「うん」
と頷いて
「ごめん」
と謝ってから
「ありがとう」
と言ってくれた

「何考え込んでいるんだい?」
「いや、別にな」
今は、これでいいんだ・・・・・・
「じゃあ、読書するから先に寝てていいよ」
「駄目だ」
「ちょっとだけ・・・・・・」
「駄目」
「50ページだけでいいから・・・・・・」
「駄目だって、眠れ」
「・・・・・・ケチ」
・・・・・・


・・・・・・
「ねぇ、母さんが結婚するって・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
ひょっとして僕は新しい父さんからディアを隠す事になるのだろうか
四六時中顔をあわせる事もあるだろうに・・・・・・
無理じゃないか?

そのことをディアに話すと
「何言ってるんだ、新しい親父はそんな事知ってるってさ」
「え、そんな事いつ聞いたの?」
「お前が寝てる時に母さんから」
「・・・・・・ずるいな」
「ずるくない」
「とにかく、二重人格の息子がいるなんて知ってて結婚しようなんて相当だよね」
「だな・・・・・・俺としては殴ったりされなきゃ誰だって・・・・・・」

そうだった
僕が二重人格になって僕らになった原因は前の父さんに・・・・・・
いや、原因は僕だ
あの時、逃げずにいればディアは僕の変わりに痛めつけられることなんて無かったんだ
僕が我慢していれば・・・・・・
「ごめん・・・・・・」
押し付けてしまってごめんなさい
逃げてしまってごめんなさい
弱くて、ごめんなさい
「こっちも、嫌なこと思い出させたな・・・・・・」
「気にしなくていいよ」
そう言いながら僕は自分の指を見る
右手の人差し指は少し曲がってしまっている
もうまっすぐにはならないだろう
僕は、もう一度小さな声でつぶやいた
「ごめんね・・・・・・」
・・・・・・


・・・・・・
大学・・・・・・って言っても俺が勉強するわけではない
ロランが勉強してるのを見ているだけ
「ディア?」
「うん?」

今は昼、ランチタイム
「僕の話聞いてなかったのかい?」
キャンパスの中庭でパンをかじっている
「ん、聞いてなかった」
ロランはため息をつくと
「だからさ、今日レイヴンについて教えてもらったじゃない」
ああ、そういえばそんなのもあったな
「でさ、脱獄した死刑囚みたいな極悪人でも、レイヴンになったらコーテックスが罪をもみ消しちゃうって本当かな?」
そういえばそんな事も言ってた気もする
「・・・・・・本当なんじゃないかな?」
「なんか残念だなぁ」
「どうして?」
「けっこうレイヴンに憧れてたんだけどなぁ」
「ああ、やめとけよ。お前には絶対無理だ」
ロランは心底不思議そうに
「なんで?」
と聞いてきた

「なんでって・・・・・・そりゃぁ・・・・・・まぁ、それは置いといてだ、隣に引っ越して来た怪しい男。あれ絶対危ないって」
「うん?どうして?」
どうやら話をそらす事に成功したようだ
「なんかやつれてるし、目の下窪んでくまになってるし・・・・・・麻薬中毒者じゃ無いのか?」
「そんなまさか。でも確かに、なんか怪しい人だよね」
「俺、外でナイフ研いでるの見たし」
「警備隊の人に言ったほうがいいのかなぁ」
「さぁ、どうだろう」
言っても、何もしてくれないんだろうな・・・・・・
・・・・・・


・・・・・・
昨日の夜のことを思い出す
「そろそろ、俺消えようかなと思うんだ」
と突然ディアが言ったんだ

「どうして?」
「いくらばれてるからってソフィーに迷惑かけるわけにもいかないしな・・・・・・」
「そんなことは無いよ。迷惑なんかじゃないから、まだ一緒にいてくれよ」
「それにな、俺はもう満足したんだよ。もうお前は一人でも大丈夫みたいだしな」
「そんなこと無いさ・・・・・・」
初めて会ったときからずっと一緒だったのに・・・・・・
「社会に出て、就職してからもこのままって訳にはいかないだろ・・・・・・出る杭は打たれるって言うだろ?二重人格障害者なんて雇ってくれないかもよ?」
「・・・・・・わかったよ」

君がそこまで言うなら、止めないよ
元々僕が勝手に君を作ってしまったんだ
それを僕が引き止めるのは、何か違う気がするし・・・・・・
「じゃあさ、せめて明日の夜まではいてくれよ」
「ん?何で?」
「お別れのパーティーでもしようじゃないか。母さんと、父さんと、ソフィーの三人を呼んでさ・・・・・・」
「ん・・・・・・それくらいなら」
「それじゃあ、今日はもう寝るよ。ディア僕が起こすまで寝ててよね」
「はいはい・・・・・・」

買出しは終わった
今日はソフィーが家に来てる筈だ
ディアはまだ寝てるみたいだ・・・・・・
家のドアを開ける
「ただいまー」
・・・・・・返事が無い
それに
なんか
・・・・・・生臭い?
・・・・・・


・・・・・・
視界がはっきりしない
体が重く感じる
気持ち悪い
体を起こして、床に手をつく
ぬるりとした感触がした

・・・・・・血だ
俺の手にべったりとどす黒い血がついている
俺が怪我しているのか?
周りを見渡す
床が真っ赤だ
床だけじゃない、壁にも血飛沫が飛び散っている
あいつは何処に行った?

「おい、寝てるのか?」
何処へ行った?返事しろよ!
それよりも、なんて臭いだ、生臭い
これは、血のにおいか?
いや、何の血だ?
誰の血だ?

俺は振り向いた
俺はそれを見た
見てしまった
親父が腹を縦に切り裂かれ、腹の中に納まっていた物を撒き散らして死んでいる
母さんが首を横に切られ、首を押さえたまま死んでいる
ソフィーが・・・・・・ソフィーの胸に何かが刺さってる!
「あ・・・・・・?」

わかってる
もう死んでるなんてわかってる
それでも、ひょっとしたら生きてるんじゃないかなんて思って首筋に手を当てる
わかってたつもりでも、首筋に触れとき、その冷たさに驚き、手を引っ込める
「あ・・・・・・」
理解できない
何で皆死んでるんだ?
何でロランがいないんだ?
何で俺はこの赤い部屋で一人ぼっちなんだ?

「うあ・・・・・・」
視界がぼやけて前がよく見えない
泣いてるのか、俺は
手で涙を拭う
落ち着け・・・・・・落ち着くんだ・・・・・
ソフィーが寝てる
ソフィーの胸にナイフが刺さっている
ああ、駄目だろソフィー、そんな物刺したままじゃ
そんな物刺さったままじゃ死んじゃうじゃないか・・・・・・

引き抜いた血まみれのナイフに、見覚えがあった

迷わなかった
足元はフラフラで
膝にも力が入らない
よろけた体を支える腕には力が感じられない
それでも、迷わず隣の、あの男がいる家に入っていった

男は、テレビを見ていた
逃げもせず、隠れもせず・・・・・・
しかし、男の服が自分が犯人だと雄弁に語っている!

憎い!
貴様が!貴様が憎い!
男の死んだ魚のような目と目が合う
迷わなかった
指を目に突っ込んで潰す
指先に生暖かい硝子体の感触
死んだような目をしていてもこいつは生きてる
そんなこと、関係あるのか?
そのまま親指を鼻に引っ掛けてつかみ、壁に叩きつけた
相手の悲鳴など、俺の耳にはもう届かない
体が熱い
燃えるように熱い
憎しみが俺の体を焼いているんじゃないだろうか
「何で殺した!何で!」
「い、いたい・・・・・・」
男の顔を掴んでいる左腕を引き剥がそうと男が抵抗する
が、やせ衰えた男の力などでは引き剥がせない

憎しみが麻痺させてる
限界以上の力を発揮し、軋んで悲鳴を上げる筋肉の痛みも
相手の悲痛な叫びも
全部麻痺してる
「何でお前なんかに殺されなきゃならなかったんだ!」
「・・・・・・ゆ・・・るして」
「ふざけんな!」
左手で掴んだまま、あいている右手で力の限り殴る
男の鼻が裂けはじめた

貴様には死すら生ぬるい
だが・・・・・・殺さなければ俺の気は収まらない!収まる筈が無い!
「何でお前なんかに親父は!」
男の、返り血で染まった服にナイフを突き立てる
そのまま腹を縦に引き裂く
「お前なんかに殺されなきゃならなかったんだ!」
腹にナイフを持ったまま手を突っ込み、中身を引きずり出す
男の断末魔の悲鳴ですら俺の耳には届かない
「何で母さんはお前なんかに殺されなきゃならなかったんだ!」
首を横に掻っ切った
生暖かい返り血が俺を真っ赤に染め上げる
もはや男は悲鳴すら上げない
「何で・・・・・・お前なんかに・・・・・・」
最後はもう声にならない

俺はもう死んでる男の胸にナイフを突き立てた

テレビの音が聞こえる・・・・・・
目の前には凄惨な光景
痩せた男が、目を潰され鼻を引き裂かれ首を切られ腹を切られ内臓を撒き散らし胸にナイフを突き立てられて、死んでいる
目が合ったときには分かってた
痩せ衰え、弱ってはいたが
こいつは、あの男だった
返り血で真っ赤だった手を見る
乾いて変色し、赤というよりはどす黒くなっている
その人差し指は、やはり少し曲がっていた
・・・・・・


・・・・・・
なるほど、これは
思い出したくも無い記憶だな・・・・・・

目が覚めると医務室にいた
体を起こして、軽いデジャヴを感じながら点滴を引き抜く
・・・・・・体がひどくだるい

全部思い出した
二人の親父と一人の母さん
ロランと、ソフィー
初めての殺人・・・・・・
どうしようもない孤独感
思い出さないほうがよかった
思い出さなければよかった・・・・・・

ドアをノックして、キースが入ってきた
後ろに許子さんも付いて来ている
なにやら、怒っているように見える

「やっとお目覚めのようですね」
「キースか・・・・・・」
「・・・・・・あれ、まさか泣いてたんですか?」
言われてから、まぶたの痛みに気づく
「思い出したんだ、昔のこと」
「昔のこと・・・・・・?記憶喪失だったんですか?」
「まぁな・・・・・・」
できれば記憶喪失のままのほうがよかったかもしれない

「それより、あなたいったい何日寝てたと思ってるんですか?」
思い出したように怒った顔になるキース
「何日って言われてもなぁ・・・・・・」
「五日ですよ!五日!決戦まで後二日だけですよ!」
珍しくキースが怒鳴っている
いや、それより五日も眠っていたとは・・・・・・
「どうりで体がだるい訳だ」
「何を呑気な事を・・・・・・パイロットの腕前っていうのは維持するのが大変なんですよ?五日も寝てて白銀に勝てると思ってるんですか?」

その通りだ
パイロットの腕前を測る目安は飛行時間
ACの場合は搭乗時間
長ければ長いほど良いが、一週間乗らないとあっという間に腕は落ちる
そういう世界だ
「文句ならタマネギに言うんだな」
と言うとキースは怪訝そうな顔で
「・・・・・・あなた、少し変わりましたか?」
とか言って来た
「・・・・・・いや、多分何も変わってない」
「そうですか・・・・・・?とにかく、すぐ訓練を始めますからね。着替えてすぐ来てくださいよ」
許子さんがパイロットスーツが入った袋をベットの上に置いた

「それでは」
と言って出て行くキースに声をかけた
「なぁ、キース」
「なんですか?」
「お前、家族が殺されて、その犯人が目の前にいたらどうする?」
キースは少し考える素振りを見せた後
「それは・・・・・・多分、ガードの人につき出すと思いますけど・・・・・・」
「そうか・・・・・・」
「・・・・・・いいから、早く着替えてきてくださいよ」
そう言ってキースは部屋を出て行った


・・・・・・
家族が殺されて、その犯人が目の前にいたらどうする?
ディアさんが十九歳の時の事件の事だろうか・・・・・・
「十九歳で殺人か・・・・・・」
「そうでもしなければ生き延びられない人々は少なくありません。あまり珍しいことでも無いでしょう」
背後から声がしたので驚いた
っく・・・・・・油断した
「ディアさんは状況が違いますよ・・・・・・」

「許子さんはどう思います?」
「何がですか?」
「さっきのディアさんの質問。殺したいほど憎い相手が目の前にいたらどうする?って」
「その時になってみないと分かりません」
即答だった
「そうですね・・・・・・実際その時になってみないと自分がどう動くかなんて分からないですよね・・・・・・」
「常にイメージしておくことです。実際そのような状況下に陥った場合、覚醒した脳はそのイメージを使って行動します」
「そんな事誰も考えないと思うけど・・・・・・」

「それより、白銀との戦闘に支障が出ないか心配です」
・・・・・・あれ?
「珍しいね、許子さんが他人の心配ですか?」
「・・・・・・あの状態でキースが依頼した任務を達成できるか心配しているんです」
「あー、そう」
「・・・・・・それより、こちらも早く準備を済ませないと」
「分かってますとも」

もし・・・・・・
もし自分の目の前に殺したいほど憎い相手がいたら
自分は、いったいどういう行動を取るんだろうか・・・・・・
・・・・・・


着替えながら考える
過去を調べて欲しいなどと、我ながら馬鹿な事を頼んだものだ
忘れようとして忘れた記憶を思い出しただけじゃないか?
自分で塞いだ古傷を掘り起こして何の意味があるというのだろうか
今になって思い出したからと言って何か意味があるのだろうか?
楽しいと思える記憶も確かにあった
だが、それ以上に思い出さないほうが良かったと後悔している
思い出したところで意味なんて無かった
結局俺には何も無かった

大切な人は皆死んでいた
親父も母さんもソフィーもロランも
もうどこにも居ない
どうしようもない孤独
どうしようもない絶望
そもそも何のために今まで生きてきたのだろうか

名誉の為?
馬鹿馬鹿しい
名誉なんて手に入れてどうしようというのか

人助けの為?
馬鹿馬鹿しい
散々人を殺しておいて人助けなんて笑わせる

コーテックスの為?
馬鹿馬鹿しい
あんな集団知ったことではない

企業の為?
馬鹿馬鹿しい
俺は企業が一番嫌いだ

馬鹿言ってんじゃねぇよ

俺は親父を殺してから今まで何も考えていなかった
俺のやることに動機なんて無かった
俺には理由なんて一欠けらも無かった
ただ生きてるから生きる
ただ依頼されたから依頼を受ける
ただ言われたから助けた
ただ言われたから壊し殺し奪い蹂躙した

自分にすら無関心
意味も無く生きてきた
意味も無く依頼を受けてきた
意味も無く助けた
意味も無く壊し殺し奪い蹂躙した
まるで人形だ
そんな奴を人間と呼んでいいのかね?

馬鹿言ってんじゃねぇよ

そもそも俺はまともな生まれ方をしてないじゃないか
そんな奴に人間性を求めるほうが間違ってる
なんて欠陥品
そうだ、人形でいいじゃないか
言われるままに意味も無く助け壊し殺し奪い蹂躙しよう
こんな思いをするならば以前の何も考えてない自分に戻ろう
そうすれば楽になれる

そういえば今も何か頼まれているんじゃなかったか?
ああ、そうだキースだ
白銀を壊して、メインコンピューターを持ち帰る
何も考えるな
何も考えなければ楽になれる
あんな記憶もう一度忘れてしまえばいいんだ・・・・・・

ロッカールームの鏡に映った俺と目が合う
最早この体がロランだったころの面影などほとんど残ってはいない
逆に言えば僅かだがロランの面影が残っている
俺は鏡を見るたび嫌でもロランのことを思い出すだろう

笑えよロラン
俺は母さんやソフィーどころかお前すら守れなかったんだ
そのくせ自分は今までこんなにも惨めに生き続けてる

笑えよロラン
俺はこんなにも壊れてしまった
見ろよ、顔は笑ってるのに涙が止まらないんだ

今なら答えられる
何故俺は何も感じずに人を殺すのかって?
簡単さ
簡単すぎて欠伸が出るね

壊れているから、狂っているからだ

多分・・・・・・
作者:NOGUTAさん