サイドストーリー

HAGANE Ver1 第五章 「ディア・アスタルトという男 MY FRIEND」
・・・・・・
頼まれた作業を補給者の乗員に指示してから、トレーラーの中で少し休むことにした
思わぬ障害にあったが、黒銀はとりあえずは無事だ
黒銀も合流し、部隊は再び進み始めた
けど・・・・・・まだ何も終わって無い

・・・・・・世の中が平等だなんて誰か信じている人間がいるのだろうか
いや、きっとだれも信じてなんかいないだろう
国という物があった時代の名残か何だか知らないが、企業は全ての人は平等だなどと言っている
小さいころは、素晴らしい事だなんて本気で思っていた
今は、まったく信じてない
そんな物は全て嘘っぱちだ
皆が皆、嘘だと知っている
それでも皆が皆、全ての人は平等だなどと唱える
そうだといいな、などという下らない理想
皆知っている

有名な劇の台詞にもある
人は皆泣きながら生まれてくるって、聞いたことあるだろ?
別に僕らは望んで生まれてきたわけじゃない・・・・・・
親なんて選べない
家柄なんて選べない
容姿も、才能も・・・・・・
これの何処が平等だって言うんだ?
誰か教えてくれよ
本当に世の中が平等だと言うのなら
何故彼は虐待を受け、親しい人を殺されなくてはならなかったのか
何故彼女は機械に、彼は彼のままなのか
何故・・・・・・僕はこれほど悩み、苦しまなくてはいけないのか

小さいときに言われた
「君達の可能性は無限大だ」
これも嘘だろ
きっと自分で選べた事なんて、そう多くは無い・・・・・・
僕たちは何を選んで、何を選ばないでここまで来たのだろうか
僕たちは何を選んで、何を選ばないでこうなったのか
僕は、少ない、限られた選択肢のどれを選んでこうなってしまったのか・・・・・・

何で嘘ばかり教えたんだ
何故真実を教えない
僕等よりも長く生きてきたんだろ?
身に染みて判ってるんじゃないか?
本当の事を言えよ
「世の中は不平等で君達の可能性は限られています」
理想ばかり追いかけないで現実を見ろよ
現実を教えてくれよ
そうすれば余計な希望なんて見ないで済んだんだ

僕は平等とか、そういう言葉が大嫌いだ
糞喰らえだ
・・・・・・


もう日が昇りきっている・・・・・・
先の戦闘以後、敵と遭遇することなく、丁度インサイドの換装が終わったころに目的地に到着した
到着したが・・・・・・

「何とか時間に間に合いましたね」
「・・・・・・何も無いじゃないか」
少し開けた平坦な場所だが、辺りは相変わらず草木の一本も無い荒れ果てた岩山のままだ
「カメレオンですよ」
キースは呆れたように溜息をついた
「ここだって白銀の基地に使われてるんですよ?設備的には僕等の研究所と大差ありませんよ」
「なるほど・・・・・・」

『久しぶりだな・・・・・・待ってたよマイ・フレンド』
不意に無線から声が聞こえた
待っていたと言うからにはここの人間で、反乱を起こした奴なのだろうが・・・・・・
その声は間違いなく少年の声だった
キースは、目を見開いて驚いている

「お前は・・・・・・アロンソ?お前は死んだんじゃ・・・・・・」
『死んだはずってか?クックックック・・・・・・そっちのほうが面白そうだと思ってね、驚いただろ?』
「っく、まさか・・・・・・」
『ところでキース、彼女は元気かい?』
「植物人間状態だ・・・・・・」
『そうだろう、そうだろうとも。彼女の半分以上は白銀の中だもんなぁ』
「・・・・・・」
キースは怒るでもなく悲しむでもなく
ただ無表情だった
『その機体とキースだけで来いよ。MTとかトレーラーは入ってくるなよ』

一度見た事がある光景
空間が虹色に変色し始めた
虹色のドームが崩れていく
『さぁ、来いよ。奥のアリーナで彼女がお待ちかねだぜ』

「キース」
同行していた許子がキースを呼び止めた
「護衛は要らないよ」
「よろしいのですか?」
「あいつは黒銀と僕だけで来いって言ったんだ。約束を守らなかったら何するか分からないからね、あいつは。それよりも、僕に何かあったら・・・・・・頼みますよ」
「いえ、それは貴方がやるべき事です。必ず戻ってきてください」
「そう・・・ですね・・・・・・」
キースが指揮車に乗り込む
「いきましょう。ディアさん」
「・・・・・・分かった」
入り口へ向かう途中
「黒銀・・・・・・いえ、ディア・アスタルト。キースと彼女をお願いします・・・・・・」
そう呟く声を、俺のセンサーは拾った

身を屈めて入り口に入り、膝立ちのままエレベーターを起動させた
キースは指揮車に乗って後ろからついて来ている
「キース」
「何ですか?」
表情は無表情のままだが、声色は間違いなく怒っている
ひょっとして本気で怒ると無表情になるタイプなのだろうか
「さっきの男は?」
「・・・・・・いわゆるマッド・サイエンティストってやつですよ。S・C・Sはほとんど彼が作ったんです」
「鋼シリーズは全部お前が作ったんじゃなかったのか?」
「僕が担当したのは機体の設計です。システムも大まかな部分で・・・・・・S・C・Sは彼任せでしたよ」
「・・・・・・それで?」
「白銀と一緒にこっちの研究室に派遣されてたんですが、反乱が起きた時に死んだと報告が・・・・・・」
「フェイクだったのか」
「そのようですね・・・・・・」

エレベーターが目的の階に到着し、通路に出た時、またあの声が聞こえてきた
『クックックック・・・・・・キース君よぉ、結局その男もそうなったのか』
「・・・・・・」
『まぁお前が悪いんじゃねぇよ。鋼は人食いAC、そうなるように出来てるのさ。兵器の性能を突き詰めていけば必ず人間が邪魔になる。知らないうちに力に魅せられて、食われちまうのさ。ファンタズマのデータにあったS・C・Sもそうだった。実のところ俺はS・C・Sを殆どいじっちゃいないぜ。闘争本能を引き出すような機能は追加したけどな。それよりも大変だったのは・・・・・・クックックック、お前らにそのことがばれない様にいじるのが大変だったぜ』
「お前は・・・・・・彼女がああなるってわかってたのか!」
『・・・・・・大体はな。本当はそこの野郎みたいに全部転送してしまう筈だったんだがなぁ・・・・・・お前の声を聞いたとたんに彼女が抵抗を始めちまったようでな。まぁ大部分は白銀に移されて、戦闘に支障は無かったんだけどな。むしろ下手に意識が残るよりこっちの方が素直で都合が良かったよ』
ギリッという歯軋りの音が聞こえた気がした
「・・・・・・下種野郎!」
『クックックック。下種か、褒め言葉かい?』

「何で・・・・・・」
『簡単、そうしたほうが面白そうだからさ』
「・・・・・・それだけか?」
『それだけだって?十分すぎるだろ?お前も彼女も、より強い機体を求めた。俺は面白そうだからやった。何処かおかしいか?』
「僕も彼女もこんなことは望んじゃいなかった」
『クックックック・・・・・・お前はともかく、彼女はどうかな?』
「・・・・・・」
『彼女の事となると必死だなぁキース君。もう一人のテストパイロットは適応できずに廃人になったってのに、そっちの方は構わないのかい?人類皆平等、彼女だけひいきはよくないなぁキース君』
「僕はそういうのは嫌いなんだ」
キース達が話している間に、アリーナ手前のハッチまで到着した
『さぁ、入って来いよ』
大きなハッチが、ゆっくりと開いていった

俺達がいた研究所にあったよりも遥かに大きなアリーナだった
規模はグローバル・コーテックスのそれと大差ないように思える
大きなアリーナの向こう側に白銀が立っている
「クックックック・・・・・・感動のご対面ってか?よかったなぁキース君」
モニタールームに一人の男が立って、俺達を見下ろしている
金髪碧眼の、声の印象の通りの少年だった
ニヤニヤと、人の神経を逆なでするような嫌な笑いを浮かべている
「上がって来いよ、そんなところじゃ巻き込まれるぜぇ」

「・・・・・・ディアさん」
「何だ」
「頼みましたよ」
俺を見上げるキースはすがる様な表情だった
こんな顔をする奴だとは思ってなかったがな・・・・・・
「本当に悔しいですが、僕にはあなたに任せるしかないんです」
「分かった・・・・・・目的は必ず達成してみせよう」
「・・・・・・お願いします」
そう言ってキースはモニタールームへと向かった

モニタールームに二人の男が立っている
一人はキース、もう一人はアロンソだ
二人は離れて立っている
アロンソが、大仰に手を広げて
「目の前にいるのは最強の敵・・・・・・力の限り、精根尽き果てるまで存分に戦い、美しく舞え」
ニヤニヤした顔をさらに歪めて言った
「さぁ、ショータイムだ!」

白銀のセンサーが赤く灯る
あの時と殆ど変わっていない
違うのは、本格的な装備をしているという事だけだ
対人、迎撃装置は元より、肩にグレネード、左腕には強力なブレード、右手には五百連マシンガンという軽量級にしては結構な重装備だ
対してこちらは、ライフルとブレード
そしてインサイドミサイルだけだ・・・・・・
ブースターから光が迸る
人間の限界を軽く超える加速
機械の体だからこそ出来る動き
前回は殆ど何も出来ずに追い詰められた
だが、今回は違う
俺も彼女も肉体という制限を捨て、殆ど同じ性能の体を持っている
さぁ、あの時の続きを始めようぜ
俺もブースターで加速し、ライフルを構えた


・・・・・・
「お手並み拝見ってとこかなぁ」
「ディアさんは強いよ・・・・・・」
「ふーん・・・・・・お前は彼女が負けると思ってるんだ」
「・・・・・・今回は、今回だけは彼女に負けてもらわないと困るんだ」
そうだ・・・・・・ディアさんに勝ってもらわないと・・・・・・
「そこまでして彼女を肉の器に戻したいのかぁ?」
「・・・・・・」
「彼女は今のほうが幸せかもしれないぞぉ?」
・・・・・・


・・・・・・グレネードが時限信管により、至近距離で爆発した
機体が軽いために、爆風の影響をもろに受ける
機体の勢いを殺されないように、逆に爆風を利用してブースター以上の加速を得る
今までに十二発を避けた
残りは三発・・・・・・
白銀との距離を縮める
まだ余裕はある
とりあえずはグレネードを撃ち切らせることを考えろ

白銀がグレネードを撃つ
右に移動していた俺は左前方に切り返し、爆風を利用してさらに距離を縮めた
おかしい
何か誘われているような気がしないでもない
またグレネードが火を噴く
今度は右に切り返そうとブースターで減速しようとした時・・・・・・
・・・・・・読まれてる!
白銀のマシンガンは既に俺が避けようとしていた方向へと向けられている
今右に切り返し、さらにマシンガンを避けようとすれば爆風に阻まれて動きが止まってしまう
白銀はその隙を見逃さないだろう
避けられない・・・・・・なら!

余計なセンサーをカットし、思考速度をオーバークロックさせれば、一瞬が永遠に引き伸ばされる
今の俺とこの体なら出来る
ライフルを構え、撃つ
ライフルから放たれた弾丸は、グレネードの弾頭に命中した
白銀との間に大きな火の玉が現れる

行けるか?
そう思い火球を目くらましに接近しようとした時・・・・・・
燃え盛る炎の中からマシンガンの弾丸が現れる
咄嗟に身を伏せ、身を翻したが、胸部と右肩に弾丸が当たった
どうやらうまく跳弾してくれたようだが・・・・・・危なかった


・・・・・・
「クックックック・・・・・・流石はキース、いいパイロットを見つけたな」
「まぁね」

黒銀は善戦している
丁度今、黒銀がグレネードを避け切り、白銀がグレネードをパージしたところだ
しかし・・・・・・どちらも決定打に欠けている
いったいディアさんは何処でミサイルを使うつもりなのか
いや、使ったところで迎撃されるのが関の山ではないのか?

「二人とも楽しそうじゃねぇか」
「楽しそう?何処がだ?」
「見れば分かるだろ?」
「・・・・・・僕にはどちらも必死になってるようにしか見えないね」
「分かってないな・・・・・それがいいんじゃないか。頂点ってのは退屈なものだぜ。だからお前に好敵手を用意させて、闘う機会を作ってやったんだ。頂点に立つよりも切磋琢磨してるほうが楽しい物なんだよ。君らには感謝してほしいくらいだね。まぁ鋼が本気で闘う姿を見てみたかったっていうのが本音だけどな」
「・・・・・・」
何でこんな奴に任せてしまったのだろうか・・・・・・
何で一瞬たりとも信頼してしまったのだろうか
こいつは確かに超一流のシステムエンジニアだ
しかし・・・・・・

「他の・・・研究員はどうしたんだ・・・・・・?」
「食った」
「・・・・・・」
「冗談だ。俺はカニバリズムなんて信じてねぇし趣味じゃねぇよ。あんな奴等を食ったところで頭が悪くなるだけだしな。ただちょっと邪魔になったからなぁ。クックックック・・・・・・脱出の準備だとか適当に騙して、格納庫に集めてガスで安楽死させてやったよ。迷える子羊たちを肉体から解放してやるなんて、いやはや俺ってばなんて良い人なんでしょう」
やたらと芝居がかった口調だ
今はこの男の言動も動きも、全てが勘に触る・・・・・・
「・・・・・・そういうのを世間じゃ大量虐殺って言うんだ」
「クレストにつかまるよりはマシってもんだろ?あいつらは反逆者には相当厳しいからなぁ。どんな理由があろうが死刑だし、死刑と言いつつ実は人体実験で散々苦しめる。しかもわざとその情報を適量だけリークさせてるんだからタチ悪いぜ」

「ミラージュの部隊を送り込んだのもお前か」
「よく分かったなぁ。そうさ、俺さ。お前がS・C・Sを弄ったせいかあのパイロットは肉の器を捨ててない様だったからな。それじゃ意味が無ぇ。だからミラージュの実験部隊と取引してけしかけて、実戦の刺激を与えてやったのさ。クックックック・・・・・・結果は御覧の通りってわけさ」
「・・・・・・あの戦闘で部隊に死人が出た」
「他人が何人死のうがお前はまったく気にしないと思ってたがな。お前は直接自分の手を汚すような事は絶対しないが・・・・・・俺やお前が作った兵器が何人殺してると思ってるんだ?まさかお前は使う人間が悪いんだなんてアホな事言わないよな。人殺しの道具に使われたくなかったら初めっから作らなきゃいいのさ」
「そんな事は分かってるさ、僕が奇麗事が嫌いなの知ってるだろ?」
「もちろんさ、マイ・フレンド。君が奇麗事を嫌いなように俺は人の幸福が大嫌いなのさ。君が彼女を大好きなように俺は人の不幸が大好きなのさ」
「・・・・・・狂ってる」
ああ、なんでこんな奴に任せてしまったのだろうか
・・・・・・


もう何時間戦っているのだろうか
いや、本当は一時間も経っていないのだろう・・・・・・
グレネードは避けきった
それ以降は殆ど小細工無しの力任せの勝負だ
こっちの小細工は、まだ使えない

弾丸が回転しながら飛んでいくのが見える
くるくると白銀へ向かって飛んで行き・・・・・・
むなしく空を切ったあとで壁にめり込む
空になったマガジンを捨て、腰にマウントされていたマガジンを装填する

今頭にあるのはいつ撃つかどう撃つかどう当てるかどう避けるかどう逃げるか
どう動けば奴の弾幕から逃げられるか
どう撃てば奴に当てられるのか
奴の動きに集中し、絶えず次の動きを考える
そこに、戦い以外の思考が入り込む余地は無い
企業の事、キースとキースの友人の事、外で待っている部隊の事、S・C・Sの事
何故戦うのか、戦っているのか
そして今の事と過去の事

普通に生きているだけでは絶対に感じることは無い感覚
そして経験したことの無い人間には理解できない感覚
たった今俺がいた空間を弾丸が貫く
飛んでくる弾丸から感じる死の恐怖
意識してセンサーを切ったわけでも無いのに周りの音が聞こえない
聞こえるのは弾丸が空気を切り裂く音と、もう無い筈の心臓の音
この恐怖の中に居ながらにして純粋な攻撃衝動と目的を達成するという強固な意志を保つ
いや、別に意識して保っているわけではない
それ以外の思考が頭から排斥されている
それしか考えない
いや、考えられない
自分が集中し、研ぎ澄まされるのが分かる
弾丸が掠めるたびに俺が削られて、生き物の本質的な部分をさらけ出していく
見ている映像からは色が失われ、余計なものが目に入らなくなる
今、世界には俺と奴しか居ない


・・・・・・
延々と続く撃ち合い
ひょっとしたら永遠に撃ち合いが終わらないのではないかという錯覚
その終わりは突然、両者の弾切れで訪れた

「やるもんだなぁ、彼」
「まぁね」
「そうか・・・・・・彼は白銀と戦ったことあるんだっけな」
「まぁね」
「俺の話聞いてねぇだろ」
「まぁね」
「・・・・・・見惚れてるのか」
見惚れてるという言葉に反応して、奴の方を見る
「・・・・・・なんでそんな満足そうなんだよ」
奴の表情は、本当に満足そうだった

両者とも銃を捨てて、ブレードを構える
同時に地面を蹴って、斬り合う
白銀が上段から振り下ろしたブレードを黒銀が打ち落とし、横に薙ぎ払ったブレードを白銀が潜る

くっついては離れ、離れてはくっつく
黒銀の突きを白銀が弾き、腕を取ろうとする腕を黒銀が右手で弾く
離れ、お互いに円を書くように回りながら隙を伺う
お互い一撃必殺を狙っている
僕の依頼などすっかり忘れてしまっているのではないかと不安になる

「いいね・・・・・・まるで踊っているみたいじゃないか」
「・・・・・・月並みだね。僕には、殺し合いにしか見えないよ」
「そうさ、普通の人間には理解できない。殺し合いに、戦いに身を置く人間にしか理解できない領域ってのがある。まぁスポーツでその領域に踏み込んだって人はけっこういるけどな」
「お前は、自分で戦ったことあるのかい?」
「クックックック・・・・・・俺には生きることそれ自体が戦いさ」

「・・・・・・羨ましい」
「お前も戦ってみればいい。十回くらい死にそうな目にあえば分かるようになるんじゃないかな?」
「違う、それじゃない・・・・・・」
「・・・・・・珍しいな、お前が嫉妬か」
羨ましい
彼女は今、ディアさんしか見ていないのだろう・・・・・・
いつもそうだ、いつも彼女は戦いを見ていた
一緒にいるときも、彼女の心は戦場の中に在った
いつも戦っていた
僕の事を見ているようで、その目は常に敵を見ていた
戦いの何処が良いのか僕には一つも分からなかった

情けない・・・・・・本当に情けない
本当に女々しい話だ
彼女に話したら間違いなく笑われる
彼女に、少しでも振り向いてほしかった

その結果がこれだ・・・・・・
彼女は、戦うだけの戦闘マシーンになった
僕は元に戻そうと躍起になった
けど、僕は迷っている
ひょっとしたら、彼女は望んでこうなったのではないだろうか
アロンソの言うとおり、彼女は今のほうが幸福なのではないか?
ひょっとしたら、幸福も不幸も感じなくなっているかもしれないけど
元に戻すよりも、このままのほうが良いと言うのではないだろうか・・・・・・

そんなことはないと、そんなことはないと思いたい
僕は彼女じゃないから、彼女が何を考えているかなど分からない
彼女だけじゃない・・・・・・人の気持ちなど他の人間には分からないと思い知らされた

まったく・・・・・・いまさら迷うなよ
確かなのは、僕が彼女を元に戻したいという気持ちだけ
エゴだと言われたって構わない
彼女に恨まれても構わない
僕は、彼女を元に戻す

それにしても、ミサイルはいつ使うつもりなのだろうか・・・・・・
・・・・・・


この斬り合いに余裕など微塵も無い
それがいい
そのほうがいい
今、戦っているときだけはあの過去からも開放される
最高だ
最高の気分だ
頭を掠めたブレードがアンテナを焼く
白銀が切り返そうとしたところを、右腕で肘を押さえて動きを止めた
チャンスだ!

ブレードを
「こあニ突キタテロ」
「殺セ殺セ」
そうだ、左腕のブレードを・・・・・・コアに・・・・・・
(闘争本能を引き出すような機能は・・・・・・)
待て!止まれ!

突き刺す直前で止まり、急いで離れる
危なかった
いつの間にか目的を忘れてしまっていた
なんだったんだ今の声は・・・・・・?
いや・・・・・・今も聞こえている
耳を澄ませてやっと聞こえるほどのか細い声で
「何シテル、戦エ・・・・・・殺セ・・・・・・殺セ・・・・・・」

何故今まで気づかなかったのか
頭の中に、こんな言葉を連呼されていたなんて・・・・・・
まるで呪いだ
うるさい、集中できない
「黙ってろ!」

白銀は俺の事情など考えてはくれない
集中力が途切れてしまった
左肩の装甲が切り落とされる
「ホラ・・・・・・戦ワナイト、殺サレチャウヨ?」
「殺シチャイナヨ、約束ナンテドウダッテイイジャナイ」
「今マデダッテ何人モ殺シテキタジャナイカ」
「黙れ」
集中できない・・・・・・
胸部の装甲が抉られた
至近距離で迎撃用のマシンガンとライフルを乱射し、牽制しつつ全速力で離れる

「殺シチャイナヨ、アノ男ミタイニ」
「腹ヲ切リ裂イテ首ヲ切ッテ胸ヲ貫イチャエヨ」
「・・・・・・黙れ」
どこだ・・・・・・何処から聞こえてくる?
「ホラ、何ヲ迷ッテルンダイ?」
何処だ・・・・・・?
見つけて黙らせてやる
「殺セ殺セ殺セ」
「黙れ黙れ黙れ!俺に指図するな!命令するな!ただのプログラムが!」


・・・・・・
黒銀がコアにブレードを突き刺そうとした時、思わず叫んでしまった
その叫びが聞こえたとは思えないが、彼は踏みとどまってくれた
が・・・・・・その直後から様子がおかしい
攻撃するのをやめて、防戦一方になっている
動きが目に見えて鈍くなっている

不意に、黒銀が怒鳴った
『黙ってろ!』
何だ?誰と話してるんだ?
『黙れ』
まさか・・・・・・ハッキング?
いや、それは無い
アロンソはさっきから見ているだけだし、他の研究員は全員死んでいる
いや、アロンソの話は嘘だったのか?
『黙れ黙れ黙れ!俺に指図するな!命令するな!ただのプログラムが!』
プログラムだって?
「まさか、お前の追加したっていう機能か!」
「クックックック・・・・・・面白くなってきたねぇ。そうか、彼は声になって聞こえるのか」
「消去しなきゃ・・・・・・」

マイクのスイッチを入れる
「ディアさん!アロンソのプログラムを消去します、回線を開いてください!」
「無理だって、聞こえてないよ。まぁもし聞こえてて、回線を開いたとしてもお前じゃ俺が隠したプログラムは見つからないさ」
「そんなこと、やってみなけりゃわからないだろ・・・・・・」
「それにしても残念だなぁ。こんな形で決着かな?まぁ、人の心を保ったままだったのが不運だったって事か」
逃げ続ける黒銀に白銀が追いつき、右腕を切り落とした
「っく・・・・・・ディアさん・・・・・・」
・・・・・・


右腕を切り落とされた・・・・・・
痛みは無い
ただ、その感触がひどく恐怖感を煽る
右腕が、無い
俺の腕が床に落ちてる
「ひぐっ・・・・・・」
叫びそうになるのを堪える
血の代わりにオイルと火花が噴き出したが、自動でラインがカットされる
痛みも無いし血が出ている訳でもないが、左腕で切断面を抑えた

「ホラホラ、ダカラ言ッタジャナイカ」
「ネェ、コノママ殺サレチャウツモリ?ツマンナイ」
「消エチャイナヨ、僕ガ代ワリニ敵ヲ殺シテアゲルカラ」
「ソウダネ、ソレガイイヨ」
「うるせぇ」

「きみハ自分ノ体ヲ捨テテ黒銀ニナッチャッタンダヨ?」
「きみハモウ黒銀ナンダヨ?」
「きみガソウ望ンダンダ」
「モウ何モ考エナクテイインダヨ」
「ネェ、黒銀君」
「俺は・・・・・・俺は黒銀じゃ無ぇ!ディア・アスタルトだ!」
意識の片隅で、何かがビクリと動いた気がした


・・・・・・
突然、黒銀が動きを止めてしまった
「な、なんで止まるんですか!?」
僕の呼びかけにも反応しない
アロンソはといえば・・・・・・
ニヤニヤするのを止めて、真剣な表情をしている
・・・・・・自分が勝ちそうなのに何故?

白銀も動きを止めた
罠を警戒しているのだろうか
少し離れたところで観察しているようにも、攻撃しようか迷っているようにも見える
だが、それも数秒
まったく動かない黒銀に向かって、ゆっくり歩き始めた

っく・・・・・・アロンソの事を考えてる場合じゃない
「ディアさん!逃げてください!」
・・・・・・


・・・・・・見つけた
奴が追加したプログラムを見つけた!
俺の中のイメージで作られたその姿は、小さな悪魔の形をしていた
確かにこいつだ・・・・・・こいつの声だ

「ソンナ事シテル場合ジャナインジャナイノ?殺サナキャ」
「そうだな、望みどおり殺してやるよ!」
掴んで、握りつぶす
「殺シチャイナヨ、サッサト殺シちゃいコロ・・・・・・!」
黒い小さな悪魔は霧のように細かくなって、消えた


声が、やんだ・・・・・・
なんて安心してる場合じゃない
アイツを握りつぶしている間動きが止まっていたらしい
白銀がゆっくりと、歩いて近づいてきている

だが、俺にとって幸い、彼女にとって不幸だったのは
白銀を動かしている彼女も元々は人間だったということだ
彼女は失望し、油断していたのだと思う
せっかく見つけた好敵手が突然怯えだし、腕を切り落とされて動きを止めてしまったのだ
そりゃぁ失望したくもなるかもな・・・・・・
白銀がブレードを俺のコアへ向けて突き出す

一瞬で戦闘状態へと神経を傾け、研ぎ澄まされて細くなる
突き出されるブレードがゆっくりと見える
全速力で接近し、ブレードを潜り抜けて左腕で腕を掴んで動きを止める
俺の意思は機体の限界を超え、関節が軋む
そのまま左腕を離し右肩でタックル、迎撃用マシンガンを潰した
白銀が姿勢を立て直す隙を突いてうつ伏せに倒そうとしたが・・・・・・
体制を立て直そうとせずに、そのまま後ろに倒れた

いや、倒れるように見えた
白銀は倒れる寸前、地面すれすれをブースターで後退した
まるでスタントのような超低空背面飛行
残念ながらブレードの間合いからは逃げられてしまった
が・・・・・・

迎撃装置は潰した
今こそ、俺の小細工が火を噴く時だ
両肩の装甲が開き、一斉にミサイルが発射される
八個のミサイルに接続し、全てのフィン六十四枚と八つの推力偏向ノズルを制御する
本来ならまっすぐと白銀へ向かう筈のミサイルは四方へ広がる
低空飛行をしていた白銀が機体を起こし、回避しようとするが無駄だ
普通のミサイルのようにただロックオンした敵へ向かうのではない
有線によって、俺の意思で自由自在に動く!

白銀が突っ込んでくる
正しい選択だ
ただし、普通のミサイル相手ならの話だが・・・・・・
白銀が加速した
いや、俺の集中力が落ちている・・・・・・
制御する負荷で気が遠くなってくる
集中しろ・・・・・・これで最後なのだから!

ミサイルを転進させ、白銀の目の前で交差させる
もとより当てるつもりなど無い
当たっても信管も爆薬も積んでいない
爆薬の分だけ燃料を追加してロケットモーターの出力を高めてある
白銀が勢いを止められずにミサイルのワイヤーに引っかかる
そのまま白銀の周りを旋回し絡め捕った後、地面へと向かう
白銀を地に落とし、ミサイルは地面に突き刺さって白銀を固定する

まだだ
全速力で接近する
ブレードで白銀の左腕を切り落とす
間髪を要れずに斬り返し、コアと脚を分断した
ついでに右腕の肘から下も吹き飛んだ
切断面から盛大にオイルが噴き出す
腕からのオイル漏れは止まるが、腰からのオイル漏れは止まらない
切断された腕と下半身が誤作動を起こして痙攣するように動いている・・・・・・


・・・・・・
痛覚が無いなんて事は・・・生身の体じゃないって事も分かってるが・・・・・・
白銀の腰から下が血のようにオイルを噴き出しながらビクビクと狂ったように動いている
その不気味で滑稽な姿に生理的な嫌悪感を覚えた
直視できずに、目を伏せる

「クックックック・・・・・・負けちゃったなぁ。驚きだねぇ」
「驚いてるようには見えないけどね・・・・・・」
「驚いてるさ。僕のプログラムを戦闘中に見つけ出して消しちゃうんだからねぇ。彼はレイヴンになる前は、名のあるハッカーだったのかい?」
「いや、普通の学生・・・・・・だったさ。多分」
「ふーん。彼と話してみたいもんだな・・・・・・徹底的に研究してみたい。彼女よりも彼のほうに興味を覚えるぜ」
「ずいぶんと余裕なんだな」
「・・・・・・もちろんそれは叶わない願いって奴だな。それで?俺を捕まえるつもりかい?」
黙って腰の後ろのホルスターから拳銃を引き抜く
両手でしっかり構え、アロンソへ向ける
「・・・・・・キース君は撃てるのかな?」
アロンソも白衣のポケットからコンシールドキャリー・ピストルを取り出して片手で構えた
『キース!離れろ!マシンガンでアロンソを・・・・・・!』
「ディアさん・・・・・・手出しは、無用です」

「人を殺すっていうのは辛いことなんだぜぇ?」
「そうだろうね・・・・・・」
「逮捕しないのか?この距離で撃ち合ったらどっちも死ぬぜぇ?お前が死んだら誰が彼女を元に戻すんだ?」
「許子さんがやってくれるよ」
「あの人形か・・・・・・。あの女は人から吸収することにかけては天才だからな。知識も、技術もな・・・・・・発展は一つも出来ないけどな」
「彼女は僕らよりも優秀な人間だよ」
「天はニ物を与えず・・・・・・残念ながら彼女は自分で考えることをしない人間だからなぁ。主体を、自分の意思を無くしてしまった人間なんて、人形と大差無い。だからあいつは苦手だ。何を考えてるかさっぱり分からない」
「我思う、故に我在り」
「それだ。認識することが出来なければ、それは本当に存在していないのと変わらない。自分や他人を認識できなければ、自分も他人も存在しない。考えることをやめちまったら、それは死んでいるのと同じだ。死ぬっていうのはある意味、考えられなくなるっていう事だろ?まぁそんな事言ったら、今の彼女は死人って事になるだろうけどなぁ」
「・・・・・・話が逸れてるな」
「クックックック・・・・・・俺達が話をするといつも逸れる・・・・・・」

「お前・・・・・・ひょっとしたらだけど、彼女が負けるって分かってたのか?」
「クックックック・・・・・・どうだろうな。キース君の想像にお任せするよ」

「で?お前は死ぬ準備を済ませてきたってわけかぁ?」
「・・・・・・」
「うれしいぜぇ、一緒に死んでくれるってか。クックックック・・・・・・死ぬよりも一緒にどっかへ行方をくらますっていうのはどうだ?」
何を馬鹿なことを
「・・・・・・それは絶対に出来ない。それと、残念だけど僕はここで死ぬつもりは無いよ。僕は彼女を元に戻して、一緒に生きるんだ。自殺するほど生きることに飽きてはいないし、未来にも絶望してない。第一、僕はここに来るまでお前が生きていたことを知らなかったんだよ?お前と心中するために準備なんか出来るわけ無いだろう?一緒に死ぬなんて死んでも御免だよ。ただ・・・・・・」

家族が殺されて、その犯人が目の前にいたらどうする?
ディアさんの言葉が頭をよぎる
僕の場合は家族が殺された訳では無いけれど
ディアさんもこんな気持ちだったのだろうか
そうだ、結局、その時になってみないと分からない物なんだな・・・・・・

「僕はお前を許せそうに無い」
そう言って、トリガーを引いた


白衣に小さな穴が開いた
白衣がつまんで後ろに引っ張られたような動きをした
後ろの壁が血飛沫で赤く染まる
アロンソの顔が驚いた顔になったあと、痛みに歪み、腹を押さえてうずくまる

「かっ・・・・・・はっ・・・・・・いてぇなぁ」
アロンソが自分の背中を触って弾が貫通したか確かめている
「ホロー・・・・・・はっ・・・ポイントかっ・・・よ・・・・・・背中にっ・・・大穴あいてるぜぇ・・・・・・」
笑う余裕など無い筈なのに、あの笑みを浮かべる
傷口から出た血が白衣を汚し、紅く染めていく
「僕は彼女と一緒に生きたい。だけど、僕はお前を今殺さずにはいられない。その結果が相打ちだったとしたなら・・・・・・それは、しかたないかな・・・・・・なんてね」
アロンソは笑ってはいるがその笑みは流石に苦しそうな笑みだった
既に、虫の息だ・・・・・・
「はっ・・・はっ・・・・・・かはっ・・・・・・まぁ・・・人体実験よりっはっ・・・よっぽどっ・・・マシかなぁ」
頭に狙いを定める
アロンソも、最後の力を振り絞るように腕を上げる
銃口の暗い穴と目が合った
「あばよ・・・・・・キース」
二人同時に、トリガーを引いた

バレルから飛び出した弾丸は空気を切り裂きながら突き進み、アロンソの額に命中した
頭蓋を砕き、スリットの入ったやわらかい鉛の弾頭は変形して、脳をズタズタにしながら突き進む
弾丸は頭の中を、入った時よりも大きな穴を後頭部に開けて出て行った
アロンソがうずくまっていた後ろの壁に、腹を撃ち抜いた時以上の血飛沫と肉片が飛び散る
薬莢が床に落ちて冷たい音を立てる
脳の大部分が吹き飛び、傷ついた
アロンソは、死んだ
今度こそ、間違いなく


「・・・・・・生きてる」
生きてる
「生き・・・・・・てる?」
あの距離で・・・・・・いくら腹に穴が開いていたからといって外すような距離じゃなかった

「痛っ・・・・・・」
右耳が痛んだ
触って確認する
・・・・・・無くなってる
右耳の下半分が吹き飛ばされたようだ
傷から暖かい物が流れ出す
「生きてる・・・・・・」
手に付いた血が、耳から流れ出し、頬を濡らす血が、耳鳴りが、傷の痛みが
「お前はまだ生きている」
と、雄弁に語っている
・・・・・・


キースが倒れたときは死んだかと思ったが・・・・・・
どうやら生きていたようだ
白銀は暴れて持ちにくいので、右肩も切断してジェネレーターを止めておいた
もういいだろうと思い、無線でキースに話しかける

「キース、無事か?」
「ええ・・・・・・右の耳を吹き飛ばされましたが」
耳か・・・・・・まぁ死ぬことは無いだろう
「無茶するなよな・・・・・・死なれたら許子に俺が殺されかねない」
「許子さんが?」
「無事に連れ帰れって言われたからな」
「そうですか・・・彼女がそんな事を・・・・・・」
「とりあえず降りて来い。耳だからって手当てしないと後で大変だぞ」
「ええ・・・・・・そうですね・・・・・・」
キースの声から気力が感じられない
「どうかしたか?」
「いえ・・・・・・なんでもありません。今すぐ行きます」


・・・・・・
下に行こうと、ドアのほうへ歩き出したとき
『クックックック・・・・・・』
耳障りなあの声が不意に聞こえた
驚いて、アロンソの死体のほうへ振り向く
傷から流れ出した血が水溜りのようになって、アロンソは紅い水溜りの中に倒れている
ピクリとも動いてはいない
アロンソは死んでいる
「お前・・・・・・いったい何処から!?」
『残念だよ・・・・・・君達がこれを聞いているって事は僕は負けて、死んでいるって事だからねぇ。俺を殺したのはやっぱりキース君かなぁ?そうだろう?』
「・・・・・・録音か?」
『やっぱり死後のことはきちんと考えておかないとねぇ・・・・・・そうだろう?キース君』
「っく・・・・・・録音のくせに・・・・・・」
いちいちムカツク奴だ・・・・・・
『と、いうわけで・・・・・・この基地を爆破したいと思いまぁす。やっぱ最後は派手にしないとなぁ・・・・・・跡形も無く吹っ飛ぶぜぇ』
「な・・・・・・」
『今すぐ爆発させてもいいんだけど・・・・・・研究員も俺が全員殺しちゃったから意味無いんだけど・・・・・・こういうのは雰囲気が大事だからなぁ。やっぱりカウントダウンは必要だろぉ?』
突然サイレンが鳴り響き、壁から警告灯が現れる
基地の中のすべてのライトが赤くなり、危機感を煽る
『早くしないと死んじゃうぞぉ?黒銀だってここにいたら無事じゃすまないぞぉ』
「言われなくたって・・・・・・」
ドアを開けて部屋から出ようとした
『キース』
録音に呼び止められて振り向く
『人は知恵の実を食べて罪を認識し、その瞬間から罪が生まれた。罪を認識することが出来なければ罪も苦しみも存在しなかったというのにな・・・・・・その苦しみから解放される方法は贖罪することでも、ましてや祈ることでもない。その苦しみはただ死によってのみ解放される』
「・・・・・・何が言いたいんだい?」
『ありがとう』
それは、あいつらしくない
とても穏やかな声だった
『あの世で待ってるぜ、マイ・フレンド・・・・・・』

不意打ちだった
あいつが何を考えていたかなんて僕には想像もつかない
ただ、確かなのは
あいつが僕を殺さずにいて、今僕にありがとうと言った
僕を友達と呼んだ
そして僕はその男を殺したのだ

どこもかしこもライトで血のように赤い
まだ生きていて、水溜りの上で寝ているようにも見える
けど、死んでいる・・・・・・
僕が殺したのだから間違いない
「さようなら、マイ・フレンド」
そう言ってドアを閉めた
・・・・・・


アロンソの声は俺にも聞こえていた
まずい事になった・・・・・・
キースが、停めてあった指揮車に乗り込もうとしているのが見えた
「駄目だ、キース!俺のコックピットに乗れ!車よりこっちの方が早い!」
はっとしたようにこちらを向くキース
耳を押さえてふらふらしながら歩いてくる
平衡感覚が麻痺してるのか?
近づき、手のひらに乗ったのを確認した後
コックピットハッチを開いて放り込む
「いたたた・・・・・・もう少しやさしくしてくださいよ。怪我人なんですよ?」
「シートにサバイバルキットがあるだろ、それで手当てしとけ。痛いからって、それくらいの怪我でモルヒネは使うなよ」
「分かってますって・・・・・・あれ?」
「何だ?」
「・・・・・・コンドーム?」
「・・・・・・勘違いするなよ?それは水筒だ。2リットルは入る・・・・・・便利だぞ?」

「ちゃんと加減してくださいよ?黒銀の中で潰れてミンチなんて御免ですからね?」
そう言われてもな・・・・・・
ショックアブソーバーもさっきの戦闘でシャフトが捻じ曲がってまともに機能してはいないし、キースは耐Gスーツを着ていない
第一、パイロットではないキースが耐G訓練を受けていたとは思えない
何より・・・・・・どれだけ加減をすればいいのか分からない
「言っとくけど、俺は人が操縦するACに乗ったことも無いし人をACに乗せたことも無いからな?」
「・・・・・・覚悟しておきます」

『クックックック・・・・・・ハイヨーシルバーってか?』
この嫌なアナウンスを止めるにはどうすれば良いだろうか・・・・・・
そんな事を考えながら、出来るだけキースに気を使いながら通路を走る
ハッチを開き、エレベーターの中に入る
「・・・・・・エレベーターを使うよりブースターで飛んでった方が早いですよ」
「そのつもりだ」
苦しそうな声だ
さっきシートにゲロを吐いていた・・・・・・
だがこれ以上遅くしたら多分間に合わないかもしれない
ブレードで天井に大穴を開け、上昇する

「地上にいる部隊に逃げろって言ったのか?」
「・・・・・・」
「キース?」
「・・・・・・」
・・・・・・気絶してるようだ
危険だが・・・・・・止まってる余裕は無い
死ぬよりはいいだろ・・・・・・?

エレベーターのハッチをこじ開けようとして右腕が無いことに気づく
不便だ・・・研究所へ戻ったら真っ先に直してもらおう
そんな事を考えながらブレードでハッチを切り裂いた
ちなみに白銀のコアはミサイルのワイヤーで右腰にぶら下げてある
体に引っかかったエレベーターのワイヤーを引き千切りながら進んだ

『さぁ、もうすぐ出口かな?後一分だぞぉ?まだ中程だったらご愁傷様だね』
十分間に合う・・・・・・この通路を抜けたら出口だ!
角を曲がれば出口が見える

『後三十秒・・・・・・ほらほら、急がないと死ぬぜぇ?』
「アロンソ・・・・・・もっと短く設定しとくべきだったな、テンカウントが聞けなくて残念だぜ」
出口のハッチに取り付いた
電源もまだ生きてるし、ロックもかかってない
簡単にハッチが開き始めた
そして、ハッチが半分ほど開いたとき
『後二十・・・ザザッ・・・・・・クックックック・・・・・・言い忘れてたけど、出入り口のハッチが開いても爆発するから・・・・・・気をつけてね♪』
「・・・・・・!この!」
爆発の振動が下から伝わってくる・・・・・・!


・・・・・・
キースから連絡を受けて、安全だと思われる地点まで部隊を下がらせた後
私は岩山の上から研究所の方を見ていた
言われたとおりにしたが、何も起こる気配は無い
彼は基地が自爆すると言っていたが・・・・・・本当なのだろうか

出入り口のハッチが開く
右腕の無くなった黒銀が白銀のコアをぶら下げているのが見えたが、キースの乗った指揮車が見えない
キースは何処だろうか・・・・・・
彼女は無事なのだろうか・・・・・・
ディアは・・・・・・

ハッチが半分ほど開いたときに、黒銀が振り向いた
何かあったのだろうか
あわてて黒銀が出ようとした瞬間

地面が揺れた
まるで地震のように地面が揺れる
地震なんて体験したことは無いけれど・・・・・・きっとこんな感じなのだろう
立っていられなくなって膝をついた
爆発の衝撃で砂や小石が舞い上がる
太鼓の上に砂を乗せて叩いたような感じだ・・・・・・
黒銀が炎に包まれるのを見た
衝撃の波が周囲に広がって・・・・・・
まるでクレーターのようになった
爆発で支えを失った基地は崩れ、基地の容積分だけ陥没してしまったのだ
崩れた地面の上に
黒銀は居なかった
・・・・・・
作者:NOGUTAさん