Chapter10:チェスゲーム
――お前達は武器だ。
――ACの一部品だ。
――武器は何も考えない。
――放たれた銃弾が、相手を穿つことしか考えぬように。
――部品は何も考えない。
――お前達は何も考えぬ存在だ。
――削除せよ。
――我々に仇なす存在を―――
唐突に感覚が戻ってきた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
ベインフル=ベドラムは一つ大きな欠伸を噛み殺す。
「……ベイン」
狙い澄ましたように呼びかけられた。この威圧的な低い声は、クレスト専属小隊“ガンショット”隊長、
アフレイ=ディアボリックのものであると認識。振り返るベイン。
無精髭を剃ろうともしない四十代ほどのその男は、静かにベインの後ろに立っていた。
「………サボっちゃいないさ。ACの状態が気になっただけだ」
「それはわかっている」
広く、しかし風の通らない格納庫に、鉄の巨人が佇んでいる。
“クレイモア”。ベインの乗機であり、プラス向けに構成されたACである。
「任務が更新されたことは知っているな?」
「ミラージュと、それに属する小隊の動向に注意し、危険ならば排除せよ。
………退屈だよ。さっさと叩き潰しちまえば面倒が無いのに」
「そうもいかんさ。お互い最大規模の企業だ、専属のお抱え同士がいきなりぶつかったのでは
周りが何かとやかましい。上はその面倒を嫌っている。
……下手をすれば例の技術も知られることになるだろうしな」
「…………」
そう隠したもんでもないだろう、と思うのは、いささか自覚が足りない証拠であろうか。
ハンガーに巨体を預ける愛機を見上げながらベインはそう思っていた。
黒光りする鉄の巨人――ベインの、ある種のもう一つの姿。それは心臓であるパイロットの搭乗を今か今かと
待ち構えているかの如く、静かに、しかし力強く、佇んでいた。
「…レイジさんは?」
「偵察任務だ」
ジップ=レイジ。ガンショットのもう一人。
逆関節型のジップのACは三機中最も機動力と行動効率に長け、なるほど偵察に向いている機体と言える。
「お前、どう思う」
アフレイがベインを見た。
「何が」
「ミラージュだ。野心家と聞く。クレストが隠している技術を知ったらどうなるだろうな」
「大騒ぎになるんじゃないのか」
「……確かに、な。クレストは世論や企業団体から集中攻撃を受けるだろう。下手をすれば内部分裂だ。
強化人間とはそれほどまでに恐れられている。企業にも、傭兵にも」
アフレイは自らの掌を見た。見慣れた手。ACの操縦桿を握る手。人を殺す手。“プラス”の手。
あらゆるものから忌み嫌われ、恐れられた、人間の姿を持つ“何か”。
「……知るかよ。俺には関係無い。消すものを消すだけしていればいい。消しゴムと同じさ」
ベインは言う。話はそこで打ち切られた。
――ベインフル=ベドラム。ガンショットの三人の内、最も“完成形”に近いプラス。
強化技術も、当然ながら、新しければ新しいほどいい。兵器開発と同じだ。人間兵器。
ベインは三人中最も新しいプラスであり、また、最も人間らしさに欠ける者である。
「…そうだな。
明日、またミラージュを襲う。今度は第一四だ。犬共をおびき寄せる」
「了解」
アフレイは格納庫を出て、通信端末にスイッチを入れる。周波数を合わせる。
「……ジップ。戦力はどうだ?」
『戦闘機とヘリが周りを飛び回っている。中は知らないがMTが数十機ほどいてもおかしくはないな。
警戒してるんだろう』
偵察から帰還している最中のジップへ通信を入れる。つい今し方まで、明日襲撃予定のミラージュ一四番
駐屯地の戦力調査をしていたのだ。彼のAC“パイク”は、長射程の策敵型レーダーを装備している。
「予定通り、明日行動を起こす。整備を怠るな」
『隊長、あんたも?』
「俺も出る。“クルシフィクス”の連中が来る場合を考慮してな」
『了解』
「お前はいつも通り少し離れた位置から作戦開始だ。心得ておけ。交信終了」
端末をオフ。
アフレイは、そのまま自分のACが格納されているスペースへ足を運んだ。
ミラージュ第一五番駐屯地に唯一残された映像データ。
それに映っていたのは、一機の二脚型ACだった。色は黒。いや、むしろくすんだ暗い鉄の色。
機体構成は――これは大きな参考となった。
そのACは機体のほぼ全てがクレスト製のパーツで構成されているのだ。丁度、自分達と逆であった。
マシンガンにリニアキャノン。左腕のレーザーブレード。ここで引っ掛かる点が生まれる。
例えばリニアキャノンである。肩部装備のものだが、二脚型ACはバランサーの問題から構えの体勢でないと
キャノンを撃てないのだ。もし無理をして立ったまま撃とうものなら、制御しきれない振動はコックピット
へとそのまま伝わり、パイロットにとって大きな負担となる。もしくは機体の体勢が大きく崩れる。
一瞬のタイムラグすら許されない戦場に身を置く者にとってこの二つは二つとも死活問題であるので、
基本的にキャノン系の火器は機体反動抑制力に長けた四脚型か或いはタンク型が使用するものだ。
もし装備するとしても(効率面で効果的ではないが)それは必殺たり得る高火力兵器であるべきだろう。
しかしそうではない。あのリニアはお世辞にも高火力とは言えない。
せいぜい牽制とか次の攻撃への布石に使われる程度で、構えの体勢をとってまで撃つ程のものとは思えない。
以上の点から、少なくともセオリー通りにはいかないレイヴンであることが判明した。そして更に―――
「……発射しながらのOB移動…か」
疑問が一つ解決した。規格外。バランサーの面もセオリー通りではないらしい。
歩行、ブースト移動及びOB使用と同時にキャノンを発射しておきながら何の悪影響もあるようには見えない。
「………」
頭を掠めるは、一つの単語。
―――強化人間。
禁断とされた人体強化技術の恩恵を彼らは受けているというのか?
何にせよ、得ることは非常に多かった。
構成パーツから、恐らく、自分達と同じ企業専属。クレストのだ。
襲撃者が最大のライバル企業に属するレイヴンなら、なるほど自分達を当てた意図も読めなくはない。
しかしそうだとするなら。
このレイヴンがプラスだとするなら。クレストはこの技術を持っているということになる。
上はこれを知っているだろうか? 知れば、この技術を潰すか? 或いは奪い取るか?
“暗雲”だ。予感は当たる。
仕事とは言え――随分なことに首を突っ込んでしまったものだ。
不意に、誰かが背後のドアを勢いよく開ける音が聞こえた。
「隊長!」
「カリンか。何だ?」
「情報処理班が、第一四番駐屯地からの救難信号を確認しました!」
「…………!?」
火花を散らし、MTが一機吹き飛んだ。
その体には焼け焦げた傷痕。
「奴ら、来るかな」
『来るさ。日を置かず、一番近い場所だ。アホでも気付く』
一四番駐屯地は、一五と同じアーカイブエリアに存在していた。
連鎖的に襲撃されるならばまずここだろうとはミラージュも勘付いているだろう。
ブレードを展開し半ば事務的にMTを切り捨てていたクレイモアは、また新たな機影を確認した。
ブーバロスを初めとする上級MTの群れである。
「ふん、高いものを。辺境にわざわざそんなもんを置くのか、ご苦労だな。
…………いいよ、死ねよ。そんなに殺されたいんだったら殺してやるよ。死ね」
精神が揺れる。また死にたがりが来たわけだ。……そう簡単に死んで良いと思ってるのか、こいつら。
OB発動、リニアキャノンを構える。発射。カイノスの動きを封じ、そのままブレードを展開。
山吹色の炎は、狙い違わずカイノスを焼き、真っ二つに両断した。一人死亡。
FCSを切り替えマシンガンを掲げる。そのまま円を描くように連続発射、他のMT共を排除していくクレイモア。
今のでカイノスが二機、後は作業用に毛が生えたような武装MTか。とにかく何人か死んだ。
ふと進行方向上にブーバロスを確認した。バズーカを構えている。
バズーカが火を噴いた。質量兵器がクレイモアに殺到し、直撃、炸裂。
――知るかそんなもん。
機体のダメージを無視し再びOB発動、ブレード再展開。さっきの被弾で脆くなっていた装甲の幾部分かが
衝撃により剥がれたが無視。今見るべきは敵。ブーバロス。殺す。
「死ね」
ブレード――3771を前方へ突き出しクレイモアは突撃する。ブーバロスが装着していた追加装甲を貫き撃破。
コックピットは外したようだ。爆発に巻き込まれたか、破片が突き刺さったか。どっちでもいいか。また死亡。
ロックオン警告アラートが鳴り響く。振り返るとフォイヤーベルクがその砲門をこちらに向けていた。
流石にこれは間に合わない、殺すのが遅れそうだ。グレネードが火を噴く―――
直前、フォイヤーベルクは爆発した。別方向からの砲弾射撃により撃破されたようだ。
『先走るなベイン。お前はACに乗ると不安定だ』
「……了解」
アフレイからの通信。火線を辿るとクレイモアと同じカラーの重二脚ACが居た。
通信を手早く終了させると、アフレイは、乗機“バリスタ”の銃を飛び回る戦闘ヘリに向ける。
バズーカ砲の黒々とした砲口からロケット弾が発射され、数機のヘリを巻き込んで吹っ飛ばした。
続けて、両肩に背負った巨大なキャノンを構える。
LIC/10――“バリスタ”の名の由来となった超高出力エネルギーカノンは、幾百もの電化製品が同時に
ショートしたような音を立てチャージを開始する。収束する蒼白いエネルギーの塊。
「離れろ。四秒後にチャージが完了する。それから二秒後に撃つ」
通信を入れると、返答無くクレイモアが動いた。迅速な動き。
そしてアフレイは敵機の一番密集している箇所へとそれを放った。目を灼く眩い閃光。
圧倒的なエネルギーの奔流は巨大な矢のような形を取り、MTや戦車やヘリや機材や壁や床や天井や土を
一緒くたに飲み込んで通り過ぎ―――あとは大きな“道”が残った。急ごしらえの焦げた道。
『……目が眩む。相変わらずふざけた威力だ』
「ジップか。状況はどうだ」
『12時へ三機の機影。識別信号赤、敵だ。高速で接近している』
――クルシフィクス。来たな。
「状況は!?」
『……味方機の反応、残り五! 敵反応が三機!』
残り五機だと? たった五機? あれほどの戦力を詰め込んでおいて、もうそれほどまでに?
クレフは驚愕を覚える。三機というのは恐らくクレストのACだろう。
クレストの抱え込んでいる戦力の程は知っている。しかし専属レイヴンの存在は聞いたことが無かった。
自分達と同じ、組織の掃除係――表に出ようとしなかったのだろうか。
少なくともその戦闘力は、基地を一つ、いや二つ壊滅に叩き込むことが可能な程のものである。
「俺が先行する、支援を頼む!」
『了解!』
『はーい』
徐々に駐屯地が見えてきた。酷い有様だ。大きく抉られた壁に所々残る銃創、それからMTや戦闘機達の
残骸。何かコルクで切り抜いたようにごっそり消滅している地面。――二体の黒の巨人。
「…お前かッ!!」
エネルギーショットガンを構える。ぴくりとも動かずこちらを見ていた二機のACは、エアリアルの
FCSレンジに入った瞬間その身を翻し射撃を逃れる。
その一方。リニアキャノンとマシンガンの中量二脚。こいつか。もう一方。肩にでかいキャノンを背負った
重量級の二脚。この二機か? いや、レーダーにはもう一機映っていたと聞いた。
操縦桿を横へ倒しながらエクステンションをオン、爆風にも似た瞬間的な高出力ブーストが弾けエアリアルを
上方へ。一瞬前まで立っていた地面を連続発射された鉄鋼弾が掠める。
舞うようにブーストを片方噴射し空中で急激旋回をやってのけるエアリアル。連射。降り注ぐ光の雨。
二機のACは巨体に似合わぬ素早い動作でこれを回避。
レーザーブレードを展開、空中でこれまたマルチブースタ作動、横へと跳ね飛ぶ。先には――中型二脚。
来た。ベインは思う。
来たぞ。ミラージュの掃除屋だ。ようやくお目見えか。
まず小手調べの射撃は軽くかわされた。そのままの動作から放たれた空中からのショットガンは回避。
着地後を狙う。隙だらけだ。しかし。
空中にいたままさらに向かってくる敵。巧みなブースト捌き。わかるぞ、相当腕を早く動かさなきゃ
ここまで迅速な動きは出来ない。
左部へのエネルギー供給を開始、レバーを動かし左腕を振り上げる。発光する腕。出力勝負。
迫る敵にそれを叩き付けようとした直前それに気付いた。上方より誘導兵器の接近を確認。
即座に操縦桿を倒しペダルを踏み潰す。
雨が降った。白い線を描き質量を持った雨だ。
敵は目の前のコイツだけじゃなかったと思い出すベイン。その直後に走る紅い閃光を確認。
展開していたブレードをそれに突き出しガード、脚部関節を曲げ身を低くする。弾かれるブレード。
敵は――エアリアルはクレイモアが身を低くしたその直上を高速通過していく。
チャージ。三秒。
エアリアル、着地。再度屈伸跳躍し内蔵ブースターのエネルギーを四割、背部の追加ブースターへ回す。
背負った方の出力が上がり空中でバランスを崩す、いや、崩したように前方宙返り。
逆様になったままショットガンを三連射。幾らか当たったようだ。敵の無骨なフレームを灼くエネルギー。
そして体勢を立て直すエアリアルをリニア弾が掠める。やはり。構え動作なしの発射。
視界が元に戻る頃には既に敵――クレイモアはショートレンジまで接近していた。
チャージ。二秒。
ロック。FCSの処理する射撃補正がかかる前にマシンガンを発射。そもそもそんな機能は既に取り払っている。
そんなものに頼らずとも当てる技能と反射は当然のように備えてあるし、この距離だ。
花火のように飛び散るマズルフラッシュと空薬莢の滝。エアリアルの装甲を幾らか削る。しかしまだ軽い。
切り替えリニアキャノンの砲口を向ける。同時にブレードを展開。
リニアキャノン発射。衝撃でエアリアルの挙動が一瞬止まる。本能的にペダルを踏み込む。
チャージ。一秒。
衝撃を感じた。リニアか。コンソールに指を走らせるクレフ。
エアリアルは、被弾衝撃に対する抵抗力は低い。さしずめ機動力の犠牲というところか。迫るクレイモア。
同じくブレードを展開、左腕から伸びる真紅の光線。しかし先程の衝撃を受けた影響か敵を捕捉するには
遅すぎる。ならば。
マルチブースターを回転させ噴射口を敵へと向け、それを発動させる。即席のバックブースターという奴だ。もちろん性能
本家には流石に劣るが、一瞬でも敵の判断を鈍らせればそれでいい。
「……何?」
クレフの予想は外れた。それでも向かってくるか、或いは射撃を繰り出してくるかと予想していたのだが、
しかしクレイモアは即座に自機と距離を取ったのだ。
確かに不利になれば一度引くのは正しい判断だ。そこまでは間違いない。そこでクレフは。
クレイモアがいた直線上の向こうに、青く光るアーク電流を確認した。
アフレイはチャージが完了したカノンをクレイモアと戦っている白いACに向ける。察知したベインは
回避行動を取ったようだ。砲口を調整。蒼白くほとばしるアーク電流。
「まず、一匹だ」
そして照準を合わせ、発射―――
突如。目を見開くアフレイ。
突如受けた横からの衝撃により、カノンは右に数センチほどずれたのだ。
0コンマ数秒のちに砲口から稲妻がほとばしり、しかしその蒼白い巨大なる矢は目標を蒸発させることなく
エアリアルの右を掠めるに至った。
弾かれたようにアフレイは被弾状況を確認し悟る。砲身に横からの質量弾を――恐らく敵のリニア弾か。
とにかく放たれ、それにより砲身がずらされたと。そういうわけか。
「ジップ」
『ああ』
「敵は三体。やたらすばしこい。二脚の方は任せ俺は支援している蠅共を叩く。援護しろ」
『了解』
距離にして数百メートル、高さにして数十メートルの小山の上に立っている“パイク”に通信。
三体三。“白と黒”――まるでチェスだ。アフレイは思う。
いいだろう、盤上の白を全て叩き落としてやろうじゃないか。と。
『カロル、まだダメージは与えてないわ! 気を抜かないで!』
「わかってる!」
カリプソのリニアの次弾を装填しながら通信に応えるカロル。
ともかくもあのまるきり落雷のようなキャノンは逸らしたようだ。クレフのACは運動性と移動力に優れる
が装甲に乏しい、当たるとたった一撃持つか持たないかだろう。尤も、それは自分達にも言える事だが。
目の前にいるのは重量クラスと中量クラス、どちらも二脚型。しかしカロルのレーダーは探知していた。
つまり、遥か遠方に存在するもう一つの反応を。識別信号赤、敵性。
「……カリン、あのデカい方惹き付けといて。あたしちょっと用事があるから!」
『え…カロル? あっちょっ!』
返事も聞かずブーストを噴射させ駆けるカリプソ。目標は遠方、レーダーの端の赤。
距離からして恐らく射程距離の長い火器を有していて、隙あらばアウトレンジから攻撃するつもりだろう。
――隊長の邪魔なんかさせるもんか。
あたしが、カリプソが、自慢のスピードで! 引っかき回してやる!
岩が固まったような小高い丘の上で、鉄の巨人がただ右手を掲げ制止している。
何も知らない者が見ればそれは奇妙なオブジェに見えるだろう。
そのオブジェの中、狭いコックピット、一人の男が岩のように押し黙っている。
――敵性信号が一つ接近。
ジップ=レイジは集中する。きりきりと、錐で開けた小さい小さい穴を思わせるほど収束された意識。
それは脳の限界を超えた、プラスならではの集中力であった。
研ぎ澄まされたその集中は機体の外部装甲にも伝わり、まるで全体が刃物であるかのような、触れるものを
全て切断するような“切れ味”となる。
「………早いな…“カリプソ”か」
調べた三機の内最速であるその機体に見当を付ける。こうまで早く距離を縮められるのは奴以外にいない。
しかし。
――甘く見たな、カロル=マグリット。俺のパイクを撹乱できると思ったか。
集中するジップ。そしてやがてその集中の全ては。
“パイク”。長柄の槍。その名の由来となった――超長射程型スナイパーライフルへと。
ロックオンアラートがけたたましく鳴り響く中、カロルは機体を走らせる。
いささかの焦りを覚える。距離にして七〇〇メートルと少し、向こうのレイヴンにとっての必中距離は
いかほどなのか。強く操縦桿を握り、全神経をモニタに注ぎ込む――レーダーの光点とは、丁度六時方向に
直線上。両者間の距離が縮まる中、カロルは見た。
モニタの中央。小高い丘の上。モールス信号のようなほんの小さな閃光
――マズルフラッシュ。
「ッ!!」
認識、その直後、肩のミサイルポッドが吹き飛んだ。
――被弾! 今の一瞬で!?
被弾状況を確認する。一撃でポッドのハードポイントが撃ち抜かれていた。恐らくは、特殊鉄鋼弾。
スナイパーライフルによる射撃か、と理解するカロル。しかも狙いは極めて正確だ。
「へぇ〜、凄いんだぁ…なんて軽口言ってる場合じゃないよね」
背面にエネルギーの大半を送り、チャージを開始する。
一刻も早く有効射程内に入り攻撃を叩き込まなければ。それまで、持てる自分の技術と装備を最大限活用
し、撹乱せねばなるまい。
「先手は譲っちゃったけど…隊長とカリンへの射線は譲らないッ!」
お馴染みの爆発的な圧力が掛かる寸前、カロルはリニアを前方やや斜め下に向ける。
そのまま連続射撃モードに―――そしてオーバードブーストが発動した。
静かにFCSをライフルのものに切り替えながらアフレイは、敵のフロート型ACを見据えていた。
――各個撃破の方向で来たか、クルシフィクス。面白い。
敵武装を認識。垂直発射式ミサイル、プラズマライフル、マシンガン。そしてイクシードオービット。
“オーリアド”と言ったか、成る程見る限り三機中最も高火力だ。相手にとって不足は無い。
「行くか」
誰にともなく呟き、バリスタは駆けた。
……来る!
接近する黒い重ACの存在を認識し、カリンはターゲットサイトを合わせた。
カロルはもはやオーリアドの頭部搭載レーダーでは捕捉出来ない遠くまで行ってしまったが、恐らく
あちらに最後の一機がいるのだろう。目の前の敵に集中しプラズマのチャージを開始する。
バリスタがバズーカを上げた。
視認とほぼ同時に操縦桿を薙ぎ倒しブースト、持ち前の機動力で横方向へと回避するオーリアド。脇を
掠めた砲弾はそれより数十メートル先の岩を吹き飛ばすに至った。
即座にロックし直しバリスタを軸にして急激旋回、円を描くように機動し背後を取る。
そしてオービットを機動させると同時に同時にマシンガンを掲げ、そこで気付いた。
バリスタの背面から飛び出た二基のユニット。真後ろのこちらを捕捉している―――バリスタ、旋回。
弾かれるようにトリガーを引きマシンガンを発射するオーリアド。同時にオービットも攻撃を開始し
実弾とエネルギーの同時連続射撃が展開された。
それに応じるようにバリスタも左腕の火器――マシンガンを掲げオービットと攻撃開始、こちらは両方実弾。
絶え間なく弾けるマズルフラッシュで前が見えずもはや敵を認識するのはロックの表示だけという状況の中、
しかし確実にオーリアドはバリスタの装甲を削っていく。逆も然り。こちらは既に弾の雨を喰らい、インサイド
ハッチが吹き飛んでいる。
左腕部の火器を司るトリガーを引きっぱなしにしながら、片手でカリンはFCSを切り替えた。
ロック。発射。
誘導兵器の存在をCOMが知らせた時既にオーリアドのミサイルは天高く上昇し切っていた。
ち。
舌打ち、それから射撃を中断し後退するバリスタ。辺りは硝煙と土煙に覆われ、敵の位置を捕捉しづらく
なっているが、ミサイルの接近はどうにかわかる。コアのシステムにアクセス。
コアから細いレーザーが飛び上空のミサイルを全て撃墜した。迎撃装置。性能は一般のものとは
比べものにならない程強化している。
そして、次はどう来るか考えをめぐらすアフレイ。カノンのチャージは完了している。
――カノン。カノン、か。
にやりとアフレイは不敵に笑う。カノンか。奴の右手。こちらも構えた。再び吠えるアーク電流。
煙の向こうからの電磁波に反応した瞬間、アフレイはカノンを発射する。飛来するプラズマに向けて。
―――空気が膨張し、とてつも無い光、音、下手なECMを遥かに凌ぐ磁気波動と共に爆発した。
目を覆うアフレイ。今の光に直面したおかげでカメラが焼き付いたようだ。計器類が狂ったように出鱈目な
数値を弾き出し、メモリの上を針が何度も行き来し、ノイズに支配された。しかしそれはあちらも同じ
だろう。この状態から回復するのは並のACではまだ時間がかかる筈だ。――並のACならば、だが。
《System Updating》
真紅のデジタル文字が点灯した瞬間、モニタ計器系が一瞬にして正常に戻る。“プラス”専用カスタムACの
恩恵。メインモニタを見るにまだカメラアイは回復していないようだが充分だ。すぐ目の前にそいつは居る。
真っ黒な画面にサイトとロックオン表示のみ出るという奇妙な光景の中、バリスタは、電磁波の向こうの
オーリアドに静かにバズーカを向ける。
「………!?」
眩い光に襲われ、一瞬動きを止めるクレフとエアリアル。
高エネルギー同士の衝突により生じた光は、百メートル以上離れた位置にいるこの二機の視界さえ
眩く照らし出した。確かあの方向にいるのは。
「カリン…!? 何が―――」
『余所見してる場合かよ』
思考に声が割り込み、エアリアルは反射的に空中へと飛翔した。山吹色の光が走る。
一歩遅れていればコアの中心を叩き斬られていた位置だ。クレフは脇の下に冷たい汗を意識する。
あれほどの高エネルギーが近くで爆発しておきながら――この男、微塵も動じていない。
「…無頓着なんだな。味方がやられたかも知れないというのに」
『それは俺に何か関係があるのか?』
跳ね返ってきたようにすぐ返答が来る。なるほど、根っからの『兵士』ってわけか。
トリガーに手をかける。こいつは危険だ。人を殺すのに何の躊躇も感じないタイプだ。
「大した根性だな……なんて名だ、お前」
『“ガンショット”所属、ベインフル=ベドラム。一応名乗ったがどうせ意味はない。
俺か、お前か、どっちかはもうすぐ死ぬんだ』
言うが早いが通信を切り、クレイモアがブーストを爆発させた。
スナイパーライフルの銃口の遥か先、カリプソの走っているだろう位置が、土煙に包まれている。
走っている途中に地面でも撃っているのか。そう思っているうちにぐんぐんと反応は近付いてくる。
甘いな。土煙ごときで狙いは乱れない。
そう思い再びトリガーに集中したが――ジップの集中は途切れた。予期しなかった事態により。
レーダーの光点、敵性反応が増えているのだ。急にロック対象が増えFCSが混乱する。
しかしジップはその原因をいち早く見抜いた。
「………ダミーメーカーか。賢しい真似を」
どちらにせよ、この位置からもう狙撃は出来まい。際限なくバラ撒いている。確実性に欠ける狙撃ならば
いっそしない方がいいのだ。
――大方、俺をここから引きずり落とすつもりだったんだろうが……いいだろう、行ってやる。但し――
屈伸。パイクが、高く飛翔する。
「同じ高度にいてやるとは、限らんぞ」
上空。普段なら生命維持装置その他を積んである部位に追加のジェネレーターを置き換えているだけあって、
パイクの滞空時間は驚異的なものを誇る。
そして、上からなら。レーダーより確実に敵を視認しやすい。比較的大きく、ちょこまか動き回っている的。
パイクはスナイパーライフルを下方へ構える。狙いは――頭部。後はトリガーを引くのみ。
その時。
カリプソがその両手を高く上に掲げた。
カロルは待っていた。レーダーに無数に映る赤。ダミーの反応。
その中に一つだけ現れるであろう、青色の反応を。
にやり。
活きのいい獲物を捕らえた肉食獣の笑みを、ジップはその顔に浮かべる。
こういう人間はレイヴンであっても珍しい。
人を殺すことに、或いは親しい者が死ぬ時に何の感慨も抱かないような人間。罪悪感も恐怖も快感も優越感も
そこには無く、ただ道ばたの石ころをどかすのと同じ感覚で自分以外を滅する存在。
それは相対しても味方につけても最も恐ろしい人種だった。クレフも職業柄しばしばそういう人間を見た経験
があるが、例外なくいつも感じる印象がある。“違和感”。こいつは人間の形こそしているが、その実それ以外の
“何か”ではないのかという。
人間の最大特徴の一つである感情表現というものを抜き取ったらつまりそうなるのだ。人の抜け殻。
後に残るのは若干の違和感と、大きな虚無感。
敵にだけは回したくない人種だと常々思っていたのだが――しかし、畜生、俺は今まさに、“そういう奴”と戦っている!
「皮肉だな、ベドラム!」
――そして。
体を傾けブースト最大噴射。前方から襲いかかってくるクレイモアにしこたまそれを噴き付け大きく後退する。
次の動作でロック、エネルギーショットガンを構える。
一息しない内にリニアの電磁加速弾がブースト炎を切り裂いて飛来してきた。クレイモアをロックしたまま
ブレード展開、盾のように構えリニアの被害を押さえる。
――そしてこういう人間は。
流れるような動作でショットガンのトリガーを引き発射、蒼い光が迸りクレイモアに殺到する。
クレイモアはこれを素早い横方向移動で回避、マシンガンを発射。どこからか何かが収束するような音。
――往々にして。
収束音はオーバードブーストのチャージだった。突撃するクレイモア。エアリアルはこれをショットガンで
迎撃しようとするが相手は避けない。ただ、右腕を前に突き出しただけだ。
マシンガンと右腕が見る見る内に灼かれ装甲が剥がれていく。しかしベインはそれを意に介す素振りも見せない。
間合いが詰まってゆく。クレイモアのブレードが、光る。
「………ちィッ!」
エアリアルもまたブレードを展開。そう、こういう奴は、往々にして。
――自分の危険という奴を顧みないから、厄介なんだ。
そして互いの光の刃が、交錯―――
『騒ぎすぎだよ、“ガンショット”』
唐突に。
全くもって唐突に、全周波数に乗せて、誰かの声が響いた。
その場の全員がまるで時間でも止まったかのような錯覚を覚える。それはある意味、死に際に似ているかも
知れなかった。事故とか、撃墜されるときとか、脳から分泌されるアドレナリンがどうこう言う、例の。
全員の意識の全く範囲外から突然干渉してくるその声はそれほどの影響力を持っていたのだ。
最も早く声に反応したのはアフレイだった。次の瞬間彼が声の主を思いだした途端、彼にまるで予兆の無い
津波のような感情が押し寄せる。その感情とは即ち驚愕。そして――恐怖。
「――――――!!
……“No.26”!? 貴様ッ!!」
“そこ”に銃口を向けるアフレイ。
これまた唐突に、いつの間にかレーダーに映っていた光点。青。上方にいたその――――
緑色の閃光。
数秒後そこには両腕を高出力の光の槍によって撃ち抜かれたバリスタの姿があった。
――何だ。
一体何が起きて、そこに何が存在すると言うのだ?
クレフは半ば混乱しながら、両腕を失ったバリスタを呆然と見ていた。
そして閃光を発射したと思われる上方の反応、“それ”は、奇妙なほどゆっくりと降りてきた。
ACだった。
薄いパープルにカラーリングされた、極めて特殊な――ミラージュの最新型のフレームを使用している、
流線的で生物的な――そのフォルムは、巨大な甲虫にすら見え、クレフはある種の嫌悪感を覚える。
何だろうか。この圧倒的なまでの威圧感は。
機械であるACのパーツから漏れ出るそれ。近寄ったものを、その恐ろしく、そして醜悪な牙で噛み砕き
補食してしまうようなその威圧感―――それもまた、甲虫の放つものに似ているような錯覚。
ほどなくして、エアリアルに攻撃することなく着地したクレイモアが駆ける。手には光。ブレード。
『騒ぎすぎだ、と言っているんだ』
またあの声だ。
その直後に紫のACは右手を掲げる。特殊な形状をしたそのマシンガンから吐き出される無数の弾丸。
弾丸は狙いを0.1ミリも逸れることなく、クレイモアの頭部にめり込み吹き飛ばした。
『…………ッ貴様が……何故ここに、出張ってきた………!!』
男の声。クレフには知り得ないことだが、それはアフレイのものであった。
『あんた達が突っ走らないように、監視するよう言われていたのさ。
止めて正解だったようだね。じきミラージュが持つMTの大隊がやってくる』
声。紫のACの乗り手。
『―――それはそうと。
お初にお目に掛かるね、クルシフィクス隊長クレフ=バガテル』
不意に、ACがこちらを向いた。
そこでクレフは自分が震えていることに気付く。この感覚は恐怖か。補食される者の恐怖。
ようやくして、クレフは言葉を絞り出した。
「………お前は……………
………………お前は、何だ? ………誰…だ?」
至極真っ当な、正当な質問。
にも関わらず、発言の後クレフは汗をかいた。滝のように。氷水のように冷たい汗だった。
『……誰? “誰”? …くッ、はは、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!
誰!? 誰、誰、誰誰誰誰! 誰だって!? 僕が!
くく、フフフッ…済まないね、生憎僕に名前は無いんだ。あるのは識別番号だけさ。傑作だろう?
“No.26”。二六番! ニジュウロク、それが僕だ』
耐え難くすらある悪寒が、流氷のように背中を伝った。
―――こいつは。
狂っているのか? 端末から漏れ出るのは紛れもない狂人の笑い。あの独特な、どこか虫の羽音にも似た
調子っ外れの不協和音。二六番。
『“ヘイノス”が誇る強化人間の最高傑作さ。二六個目の生体部品。
しかし――そうだなあ――それじゃ不便かい? もしそうなら、僕をこう呼ぶといい』
思う存分に勿体ぶって、嬉しそうに、楽しそうにそいつは言う。
『名無し。名も無き誰かさん。つまりは“Nameless”。――“ネームレス”。
僕のことはそう呼んでくれるといい』
そして、不意に――上空に巨大な影が見えた。
ぐんぐん降りてくる……これは、輸送機。
『さあ乗るんだ“ガンショット”。仕事は充分こなした。後はせいぜい休むがいい。
――アフレイ、遊技はもう終わりだよ。ジップを呼ぶんだ』
「…………くッ」
言われるがままにアフレイは通信を入れる。
「………ジップ、作戦は終了だ。帰還する」
『……わかっている……“奴”が来たんだろう』
ほどなくして、パイクがやって来た。
少し遅れてカリプソもやって来た。お互いもはや戦意は無い。
『迷惑かけたね、クルシフィクス。
しかし一つだけ覚えていて貰いたいことは―――僕は決して君達の味方ではないって事だよ』
最後にまた、その声は笑った。
遠ざかる輸送機を見ながら、それでもクレフの体はまだ硬直したままでいる。
『……隊長…』
いたわるように、憐れむように、カリンからの通信が入ってきた。
彼女もまた声が震えていた。下手をすれば、今にも泣き出しそうな程に。
「………わかっている…悪かった」
そう、わかっている。ここまで自分達が恐怖する原因。それは、或いはあの戦闘力か。一撃でガンショット
のACを二機無力化するほどの。……或いはあの威圧感か。
いや、そのどれもが勿論大きいのだが、それ以上に、何より。何より―――
―――あれは、あの声は、まだ年端もいかぬ“少年”の声だったのだから。
作者:アインさん
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