サイドストーリー

Opening break shot







                  震える啼声と百万枚の翼を振りまいて


















―Before it…






降りしきる雨。全ての色は失われ、全ての音は雨に飲まれる。
静寂とモノクロ。

マズルフラッシュの花が咲き、灰色の世界をほんの少しだけ本来の色に染め直す。
大きな閃光の後、光は止み、巨大な気配が動き出す。音は無い。
巨大な其れは煙を立たせる。






メインスクリーンは、もう何も映さない。

赤い非常灯に計器だけがうるさく鳴り響く。

やがて振動が止まる。

全身打撲に裂傷多数。

―ニヤリと笑う。

下からあるモノを取り出す。

かすんだ目でそれを見ると

また笑った―


















                       Opening break shot



                  〜ARMORED CORE NINE BREAKER〜







                        占い師は言った



                        運命は存在する



                   全ては偶然ではなく 必然でしかない


                       成るべくして 成る


                    未来を知ることに意味など無い


                      畏れるべきは 過去


                     過去を変えることは出来ない


                     過去を忘れることは出来ない


                   生きている限り 逃れられはしない


                       人が人である限り


                     昨日が今日にならない限り


                    過去は夢幻となり 背に忍び寄る


                時が経つにつれ 其れは確実にカタチを成しいく


                 やがていつしか 眼前に立ちはだかるだろう


                         牢記せよ


                     必ず訪れる 其の刻に備えよ






























〜 It is time


         Break and run-out


                    No position to the just Nine 〜







俺は世界で一番最低の人間だ。

少なくとも、俺より最低の人間はいない。

AC(アーマード・コア)と呼ばれる鋼鉄の巨体に身を守られて、人を殺して金を貰う。

もう何人殺したかも覚えてないが、300や400で済みそうに無い。

――殺人鬼だ。

その称号以外に俺を表すものは無い。

俺には何も無い。

故郷が無い。

マイホームが無い。

物心ついた時から家族はいない。

友は死んだ。

守るべきモノも、意志も無い。

生きる目的なんて、これっぽっちも無い―――と思う。

ただ、しょうがなく生きているのは確かだろうな。

毎日が同じ行動の繰り返し―。

パソコンを弄り、メールを見て、依頼が来れば片っ端から受けていく。

依頼の無い日は1日中、部屋で過ごす。

たまに街に出かけ、食料をまとめ買いして適当に雑誌数冊とCD数枚も買った後、

居住区の借部屋に戻ったら、また籠もる。

腹が減るから、飯を食って。眠くなるから、ベッドへ入る。

気が向けば娼婦を抱きに出かけたり、筋力トレーニングの為にジムに通う。

それ以外の行動は、依頼に備え、ACの整備やテストにレイヴンズアークの施設に出向く以外、同じだ。

うまいものを食ってるとき、面白い雑誌を読んでるとき、

女とベッドに入ってるとき、人を殺してるとき、

そういうときは確かに、俺の心は様々な感想を抱く。本当はクソだが、美化して思いを馳せる。

だが、一時的なものだ。すぐ後には、どうでもよくなる。

空しさと、血と泥塗れの現実だけが訪れて、俺の手は濡れ、汚れていく。

俺は何をしたり考えようと殺人鬼以外の何者でもない。

俺はそれにしかなれなかった。

レイヴンと呼ばれる傭兵。

何ものにも縛られない存在、などと言われちゃいるが、

傭兵なんてのは――人殺しの最低集団に他ならない。

だがそんな最低の中でも、目的や意志や誇りを持った奴が生き残る。

それだけが、この世界で生きる唯一の意味だからだ。

最低限のそれらが無い奴らはとっとと先に死んで行く。

俺は何もないまま、今までずっと生きてきた。レイヴンの中でもトップランクのクズだ。

だから俺は、世界で一番最低の人間という訳だ。









晴れた朝。

いつも通り承諾した、依頼の遂行日。

だが、その日はいつもと違った。

朝目が覚めた時から胸騒ぎがする。

朝食に缶詰のシーチキンを食ってると、

たまたま見ていたテレビのニュースで、ある巨大企業のトップ入替わりが報じられていた。

社長が殺害されたらしい。

犯人はあっさり捕まっていた。

珍しく犯人の顔が公開され、男の顔がテレビ画面に大きく映る。

短髪、浅黒い肌、ガッシリした頬、無精ひげ、鼻筋が通っていて、鋭い目に眉。

―いかにも殺し屋的な顔つきだ。

有名な暗殺者らしいが、巨大な企業を相手にするのは簡単では無い。

例えトップを葬り去ろうが、企業という鋼鉄の歯車は止まらない。

弱者を容赦なく轢き潰し、血を潤滑液としながら皮・肉・骨を糧とし、歯車の数を無限に増やす。

たった一人の人間で埋まる隙間など、どこにもありはしない。

マスコミの下らないやりとりを一通り見終えると、テレビを消してから借部屋を後にした。

その日は、いつもと違った。

別に周りの様子が変わっていたという訳ではない。

何か、何かが違うと思った。

胸騒ぎがおさまる気配はない。









レイヴンズアークの施設に着くと車を地下駐車場へ置いて、ロッカールームへ向かう。

パイロットスーツに着替えてガレージへ行くと、企業の依頼人から任務の詳細説明を受ける。

敵、目標の情報と現状況の細かな説明。資料を片手に的確な言葉使いと、説得力のある喋り。

年齢は30代半ばといったところか。

隙の無いスーツの着こなしに、よく整えられた頭髪。

ネクタイ柄、タイピンのセンスも文句なしだ。

俺に無くて、この男にあるのは何なのだろう。逆に、この男に無いのは何なのだろう。

―男の左手薬指にはリングがはめてある。

俺には一生、家庭など持てはしないだろう。

―学歴が高く、頭が良さそうな喋り。

俺は勉強の成績は最悪だった。

―企業のトラブル処理にあたる者は優秀で高給だという。

金は――特に一般人からすればある方だが――人を殺して手に入る金だ。

やはり、何処から見ても間違いない。俺は最低のクズ。

他の人間と比べること自体が間違ってる――分かりきってる。

依頼人からの説明が終わる。全く無駄の無い時間だった。

作戦時間が迫ったので、自分のAC(アーマード・コア)に向かう。

そいつの前にくるといつもの様に、青紫の彩りを見上げて眺める。

今日も人を殺すことになる。

理由があろうが――無かろうが。

階段を上り、何度も乗り慣れたコクピットに乗り込むと、ジェネレーターを起動させた。

『こちらは、レイヴンズアーク。起動信号を確認しました』

アークで既に待機していた、オペレーターから通信が入る。

俺は応えた。

「4824−49VWHSCJ 機体名、カロン」

『照合します…パイロット名、ヴィンセント』

「俺だ、間違いない」

シートベルトを装着。続けてコンソールを操作した。

『確認作業完了しました。
 D−28の扉へ移動してください。既に輸送機が待機しています』

「了解」

機体のロックが外れる。

俺は自機、カロンの操縦を開始するとゆっくりと歩いて扉へと向かった。









輸送機に揺られている時も、胸騒ぎはおさまらない。

手を開いたり閉じたりして、感覚を確かめる。

いつでも、備えることが肝心だ。

その時―。

『レイヴン! 敵に捕捉された! ハッチから迎撃し――!?』

ドゴンという鈍い爆発音と衝撃が走り、輸送機は高度を落としていく。

確かに、企業の施設付近でこんなに低空を飛んでいれば、見つかっても仕方が無いかもな。

ウサギが気性の荒いライオン手前を、尻を突き出して後ろ向きで歩く行為に等しい。

慌てず、しかし急いでコンソールを操作する。

輸送機のパイロットはやられたか――音からしてミサイル。

しかし運良く、燃料には引火していないようだ。

―戦闘モードへ移行。

しかし、このままでは出られない。

俺は肩のエネルギーキャノンを構え、機械的にトリガーを引いた。

一閃。

砲声が同時、目の前のハッチは轟音と共に吹き飛び、外が見える。

気圧が急低下、輸送機が今までに無いほど不安定になった。

ブースターを点火。

さぁ―。

――煙を噴きながら落下する輸送機の中から、俺の機体は飛び出した。

レーダーを見ると、3つの機影。戦闘機。

―太陽の光りが目に眩しい。

落下を続けながら、武器をミサイルに変更。

一番近い戦闘機をロック、サイト角度限界ギリギリで発射に間に合った。

戦闘機は回避を試みたが―ミサイルは命中。

――炎を上げてから粉々になった。

「まず1機」

すぐにレーダーに目を向けるが、スクリーンの下に森が見える。

敵の捕捉を一旦止めて、ブースターを点火――着地に備える。

だが、悠長にはしてられない。

木々の葉枝を折りながら着地―と同時に、ブースターで一気に前進して、上昇。

レーダーを確認しながら旋回して、戦闘機をサイトに捉えた。

「近いな」

咄嗟に左腕の銃のトリガーを引く。

青紫の腕は大型のショットガンを構えると、無数の散弾を吐き出す。

近距離ということもあり、それは見事に戦闘機を引き裂いた。

最後の1機が機銃で撃ってくる。

カロンの装甲に音を立てて弾痕を穿つが、この程度では何とも無い。

構わず武器を変更して、ミサイルより弾単価の安いリニアライフルを構える。

戦闘機の軌道を読み追随――銃声――。

放たれた弾丸は瞬時に戦闘機に届き、先程と同じ様に撃破した。

空中に滞空したまま、機体を旋回させて森の先を見据える。

本来の作戦領域は、この針葉樹林を抜けた所。

天然の岩壁に穴を掘って造られた、企業の研究施設がそうだ。

既にこちらの存在はバレているから、すぐに敵増援がくるだろう。

「こちら、カロン。これより作戦行動を開始する」

―ゆっくり考えている暇はない。

少し先に森を切り開いた、道が見える。

そこへ着地をすると、真っ直ぐ研究施設に進路をとった。

ブースターの高速移動を続けると、暫く。

思ったとおり――研究所入り口には大量の敵部隊が陣取っていた。

もう狙われているのだ、止まらないで―突っ切る。

更にカロンを加速――コアのEO(イクシーオービット)を射出した。

EOは自律して実弾の素早い銃撃を開始。俺はそれに併せて、両手の武器を掃射した。

戦車、ヘリ、砲台、兵隊。

邪魔になものは全部――撃ち抜き――崩す。

EOをコアに戻してからも、両手の武器は撃ち続ける。

AC用の弾丸で地面はひび割れ、爆風と炎に炙られた。

所々に赤い鮮血が飛び散り、沙塵が辺りを包み込む。

――銃声、砲声、爆音、叫喚。

俺は構わず撃った。撃ちまくった。

リニアライフル、ショットガン、ミサイル、エネルギーキャノンを。

破壊を続け、死を振り撒いた。




禍いなるかな 汝等哀れなる魂よ

天を見るを望むなかれ

我は汝等を 彼方の岸

永久の闇の中熱に 中氷の中に

連れゆかんとて

来れるなり




敵数が減少――攻撃が緩んだ。俺は鉄屑どもを後にして入り口のバリケードを破壊。

外の散らばった残存部隊を無視して侵入―。

進路を邪魔するガードメカをショットガンで砕いて、天上に設置された機銃をリニアライフルで穿つ。

だがさすがに、狭くてほぼ1本道の場所で多勢を相手に、直進を続ける事はできなかった。

通路の角に着けば、面での猛射撃がカロンを襲った。

避け切れない俺は仕方なく隠れて、角に釘付けにされる。

背後からの敵を心配しつつ、慎重に角から武器だけを出して、撃破を兼ねた牽制射撃を行う。

リニアライフルとエネルギーキャノンで無慈悲に狙いを付け、

次々に敵を撃破しては同じようにして、どんどん奥へと進んでいった。

やがて、目の前に扉が迫る。

狭い通路から広い場所に出たかと思うと――途端にMTが数体向かってきた。

俺が武器を構えるより早く――炎の塊を放ってくる。

4体のMTから同時に、8発のミサイル。

広いといっても、ミサイルを避ける程には余裕が少ない。

―前へ出ろ。

全弾回避は無理と判断し、俺は一直線に軌道を取る。

せめて、数発だけでも――。

そう思って被弾の衝撃に構えようとした時。

――コアのミサイル迎撃機銃が前方真ん中のミサイルを3発、撃ち落した。

―ツイてる。

迷うことなく直進して、左右ミサイルの誘導前に無傷で抜けた。

――ミサイルは床へと突っ込む。

MTは意表を突かれた形となり、動きが鈍い。

俺はチャンスとばかりに、改めて武器を構えた。

MTの目の前で上昇して誤射を誘い、空中から一気に――。

三種のスタッカートによる三重奏。

リニアライフルが体制を撃ち崩し、その隙を狙ってショットガンとEOが確実に仕留める。

そのまま高度とトリガーを維持し続けた。

メインスクリーンに、決まった間隔で落ちていく空薬莢―。

――その先でMT達が散っていく。

カロンが着地をする頃には、MT達は黒煙を吐き出すただの塊と化していた。

コンソールを弄って、マップで進路を確認。

あわせてレーダーを見てみるが、敵影は見当たらなかった。

今のMT戦でかなりエネルギーを消費したから、回復の為に歩いて扉に向かうことにする。

俺は思い出す。依頼人の情報が正しければ、これで大部分の戦力は削いだはずだ。

後は装置の破壊――。

再び通路を突き進み、固定機銃に足を止められる事も数度。

一際頑丈な扉を潜り抜けると、聞いた通りの場所に、聞いた通りの特徴の装置がある。

これを破壊すれば――依頼達成。

装置の目の前に来ると、特に感慨も無くショットガンを構えて、1発。

咆哮と共に散弾の1つ1つ全てが、円筒状の装置に深く食い込み破壊を完了。

ゴンゴンとうるさい音を立てていた装置は止まり、かわりに火花と煙が出始めた。

―部屋に静寂が訪れる。

『依頼目標の破壊を確認。レイヴン、ご苦労様でした』

オペレーターからの通信が入る。

「輸送機が落とされたが…ちゃんと帰れるのか?」

『手配済みです』

結構、気になっていた。

「そうか、助かるよ」

まずは一息、カロンを旋回させて扉へ向かおうとした。

――そこへ、突如鳴り響くアラーム警報。

証明が赤とオレンジに変色。アナウンスが流れ始める。

『警告  起爆装置が起動しました  警告  起爆装置が起動しました
 全施設の電子ロック及びゲートロックを解除 全職員は速やかに避難を開始してください
 爆発まで残り10分です    繰り返します―』

「…ツイてないな」

COMの応答を聞いて、そう思った。

『レイヴン、脱出してください!』

そうしたいのだが―。

「扉が開かない」

『…え?』

そう―。

「ここの扉が、開かない」

今、ここに入ってきた時の扉が、なぜか開かない。

何度か試みるがCOMの機会音声は相変わらず、解除不能を告げていた。

扉は完全気密性の多重構造で、現在のACの武装でも破壊には――丸1日程掛かる。

『そんな…起爆装置が働いてるのにロックが…』

―罠。

不意にそんな単語が頭を過ぎった。

しかし、すぐに可能性は消えた。

施設1個と俺の命なんて、どんな秤にかけようが比べ物にならない。

俺に目盛りが傾いてたら――そんな秤はイカレてる。

「他に出口に変わるものは無いか?」

『調べてみます…』

さて、どうしたものか。

俺にできることは…無い。

今日、俺はここで死ぬのかもしれないな。

時間は刻々と過ぎていく。

『現在研究所のメインコンピュータへハッキング中ですが、
 機密保持機能が働きつつあるので、詳しいことは分かりませんけど…。
 …職員の誰かが…情報漏洩回避の為、あなたを閉じ込めたものと思われます。
 ロックのプログラムの解除には時間が掛かり過ぎますね…とても爆発までは……。
 …建物設計図の入手に成功……』

いくら研究施設の重要な装置を破壊されたからといって、

それで施設丸ごと吹っ飛ばすというのは、随分と諦めの早い連中だ――職務怠慢だ。

そして御丁寧に閉じ込められた俺はマヌケに他ならない。

それらに比べて、オペレーターの手際は申し分ないな。

だが焦っているようだ。

「あと7分」

意味無く急かす。

『…………』

―6分台。

取り合えず、早めに遺言でも聞いおいて貰うべきだろうか―。

まず俺の預金は全部、どこかの個人病院かボランティアに寄付しよう。

公共の所は駄目だな。全部が企業の子会社だから。

いや、10%くらいはアークに残そうか。全オペレーター宛として。

レイヴンになった時から、随分多くのオペレーターに補佐して貰った。

今だって、オペレーターの世話になってる訳だし――。

俺の財産は――そういえば…借部屋にはポルノ雑誌がいくつか置いてある。

不味いな。俺が死んだら、当然あの部屋が片付けられるが、そいつらも見つかる。

誰が片付けるんだろうか。大家だろうか。

死んだ後に余計な噂は立てられたくはないものだが――。

そうだ、いざという時の為に、古い札で現金を冷蔵庫の裏に隠してあるんだ。

そいつも寄付だと言っとかないと、誰かにネコババされるかも――。

そんな事を考えていたら、良い知らせが耳に飛び込んだ。

『…分かりました。脱出できます!』

優秀なオペレーターだ。

これで俺は、ポルノ雑誌を人目に晒さずに済む。

「了解、教えてくれ」

俺はACのどんな動きにも対応できる様に、操縦桿をしっかりと持ち直し、

カロンの操縦に備えた。

『ACから降りて下さい』

そう――予想外。

「…それしかないのか?」

若干の祈りをこめてみた。

『ACでの脱出は不可能です。諦めて下さい。
 そこから西の隅にある職員用の扉へ移動を。後は通信機で誘導します、早く!』

「…くそ」

カロンをしゃがませてシートベルトを外し、コクピットの強化ハッチを開ける。

外はアラーム音でやかましい。

携帯用の通信機を持ち、座席の下から護身用のハンドガンを取り出す。

更に同じ場所からマガジン2個を取り出して、

アタッチメントに装着、俺はカロンから飛び出した。

「じゃあな―」

相棒に別れの挨拶を言いながら素早く降りると、扉に向かって真っ直ぐ走る。

オペレーターの言った通り、扉の電子ロックは解除されていた。

勢い良く扉を開けると長い通路に、いくつもの十字路。

残り4分―。

「おい、頼む」

俺は通信機に話しかける。

『通路を真っ直ぐに進んでください』

「どこで曲がる!」

全速力で走りながら、通信機を片手に俺は叫んだ。

『2つ先を左に―』

とにかく走る。1つ目の十字路を過ぎ、2つ目を左に曲がる。

「次!」

『床にある青のラインを辿って下さい』

通路には、赤、緑、黄、青のラインが引かれていた。

青だな…。

2つほど通路を曲がる頃、心臓が高鳴りだしてくる。

日頃から鍛えているとはいえ、こうも全速力で走り続ければ無理も無い。

青いラインが壁に90度曲がっている。

――階段に続いていた。

「〜〜〜っ!!」

躊躇は無駄極まりない。

速度を落とさずに、歩幅を調整しながら階段へ飛び込むと、

数段飛ばしで駆け上がり、ラインを追う。

「時間は!」

『あと2分です!』

数階を上ると床には「1F」のマーク。

「よし…はぁ…青が無くなった…」

『そこから、オレンジのライ――プッン……』

声が途切れた。応答しない。故障?

通信機を見るとバッテリーが切れていた。

くそったれ―。

下に目をやると、溜め息が出た。

(頭の中であって実際に溜め息は吐いていない、呼吸は途切れ途切れなのだ)

やはり、ツイてない。

ただのデッドウェイトと化した通信機と、予備のマガジンを階段に放り投げ、

上がり過ぎた呼吸を整えながら、もう一度床に目を戻す。

「ふー……オレンジだと?」

俺の目には、オレンジのラインが「2本」見える。

1本は右。1本は左の通路へ延びていた。

どちらも角へ続き、先は分からない。

「…」

恐らく、1本は「白」のラインなんだろう。

じっくりと2本の同色ラインを凝視するが、

赤とオレンジの非常灯の明滅で、区別がつかない。

近くのライトをハンドガンで撃ち壊してみたが、

ほんの少し暗くなっただけで全く意味が無かった――時間の無駄だ。

「1分切ったな…」

58 57 56 55 54 53 52 51 50

さぁ、走るか。

腰を捻る。

49 48 47 46 45 44 43 42

こうなったら、後は勘。

足首を回す。

41 40 39 38 37 36

―右のやつだ。

READY GO―!

35 34 33 32 31 30 29

全力で手足を動かし、俺は走る。

28 27 26 25 24 23 22

地を蹴る足の衝撃が体を支配しても、心臓の鼓動を強く感じた。

21 20 19 18

―やけに呼吸音が耳に残る。

17

角を3つ曲がると、奥の壁に標識が見えた。

16

[EXIT→]

ビンゴ!

15 14 13 12

「うぅぅぉおおあああーー!!!」

11

―スライディング。

床を約10m滑走。

10

左足が壁に接触したと同時に、体を起こしながら右手で地面を突いて体を浮かす。

そして勢いそのまま、左脚が曲がると同時に今度は壁を蹴り、90度の直角を減速することなく曲がりきる。

9 8 7

扉―!!!

6 5 4

「〜〜〜〜ッマザ…ッファッ○!!!!」

3

全力疾走、踏み切り最高の渾身の飛び蹴り。

軽い合金製の扉を蝶番ごと吹き飛ばし、外へ。

2

外に出て数歩を走り出したところで、振動が辺りを伝う。

1

―始まった。

大きな揺れと共に、連続的に繰り返される爆発音。

危うく転びそうになるが、うまいこと足を前に出せて回避できた。

まだだ、まだ走らなければならない。

走れ、早く、速く、速く、はやく、もっとはやく。

パイロットスーツの中は、既に汗でびしょびしょに濡れ。

体は高温で、息をするのも大変だ。腕も脚も、震えるほど疲労している。

それでも俺は、走り続けた。

転ばないよう、揺れる地面を踏み拉く様に。

「ハァッ、はぁっ…フッ…ハッ…ハッ…ハハ!」

一歩を踏みきることに成功するたび、腹の底から笑いがこみ上げてくる。

「ハハ…ハッ…ハハハハ!」

爆風が響く中、俺は森に辿り着く。

脚が縺れ、俺は倒れこむように木に抱き付いた。

そのままずるずると滑って、俺の体は地面に伏す。

―心臓の鼓動は全身がその振動に揺れる程、ドクドクと高鳴っている。

「フハッ! ぜぇ、ゴホっコホッ…カハハははっ! ははははははは!」

今一度、特大の爆発が起こり、研究所は何から何まで吹っ飛んだ。

「はぁ、はぁ…くく…クハハハぁ〜あ…今日はツイてるぜぇ…!! ハハハはハははハ―!!」

生き残った。

重く震える手足を叩きつけるように使って、体を起こした。

―背を木に預けて座り直す。

煙と炎を噴き出す研究所を眺めながら、俺はとにかく笑った。

高らかに響く、俺の間抜けな笑い声。

涼風が流れて、そこかしこを駆け抜けてゆく。

火照った肌に、それはとても良い塩梅だ。

俺が笑い疲れ仰向けになっても、なお風は吹き止まない。

木々はざわめき揺れ動く。

日の光りの下、いつまでも木漏れ日を振り撒き続け――俺は、その迷彩柄に優しく包まれていた――。




















その日はいつもと違った。

胸騒ぎはおさまらず、借部屋に帰る頃には既に報酬のメールが届いていた。

メールには依頼主からの謝礼文と報酬。

それに加えて施設爆破による追加報酬までが盛り込まれていた。

どうやら、あの爆破を美味しく手柄にしてくれたようだ。

思わず微笑む。なかなか良いオペレーターだな。

俺は最低の人間だが、世の中には良い人が沢山いる。

そう思ってパソコンを閉じようとした時、1通の新着メールが届いた。

「依頼」とだけ題された、色気も何も無いメール。

開くしかない身分の俺は早速開いた。

いつもの様に、マウスを使って依頼文を読み上げる。

しかし、要領を得ない。

それは依頼ではなく――招待状だった。

レイヴンの育成プログラムを名目に、レイヴンズアークが大きな島に建造した超巨大トレーニング施設。

未だ実験段階で調整中のものが多い、最新技術の結集地。

俺はそこの、新たなプログラム要員に選ばれた。―信じられない。

そこでは世界各地からレイヴンを集めて、世界最大規模のアリーナまでを開催しているらしい。

島に集まっているレイヴンの数は尋常ではない――中小企業を全部丸ごとだって相手に出来る。

レイヴンだけではない。島は公開され、多くの一般人もアリーナ観戦を目当てに訪れている。

そんな究極と言っても良い絶好の市場だ、企業連中が逃すはずが無い。

これだけ集まれば、途方も無い金が動いていることだろう。

随分と賑やかな場所だと想像できる。

アリーナというやつは――昔一度だけ登録したことがあったが、性に合わないからすぐにやめた。

この島に行けば、まず間違いなく出場させられる。

あれに出されるのは正直、面白くない。

「……」

だが招待状を見ると、レイヴンはそれなりに優遇されている。

更に申請手続きさえすれば、ACの支給も受けられるらしい。

今日、脱出の際にACを失った俺には見逃せない点だ。

別に新しく買えないことも無いが、断る理由も無し。

「…」

俺はキーボードを引っぱり出し、適当に書き始める。

返信し、俺はこの招待状を受けることにした。

人を殺さずとも、金が入って食える。

理由はそれだけだ。

決して、今まで人を殺戮してきた事から逃げる訳ではない。

俺は世界で一番最低の人間だ。

少なくとも、俺より最低の人間はいない。

人を殺して金を得ている人間だ。

目的も意志も、誇りも名誉も無い。

俺はイスから立ち上がり、パソコンの電源ボタンを押す(俺のパソコンはそれで済む)。

部屋のライトを最小限にして、バスルームへ向かった。

熱いシャワーを身に受けて、俺は考える。

俺なんて、生まれてこなければ良かったんじゃないか。

殺すことに意味はあるのだろうか。俺が生き続ける価値はあるのか?

人を殺す事、物を破壊する事に喜びを感じ、生を実感する人間がいるらしいが。

どうも俺は、そういう感情とは無縁にある。

どんなときでも、俺は生きている。

そんな俺に「いつもは死んでいる」やつの気持ちが分かるわけも、ない。

俺のこの思考も、おそらく無意味だ。

結局何も無い。

―だが、生きている。

それだけだ。
































                      島の名はアヴァロン


                   訪れた者を 過去へと繋ぐ場所


                 失われしモノを求め 戦士達は舞い降りる


                猛り狂い 泣き叫び 血反吐を吐き 喉を灼く


                    歓声は地の底まで響いて届き


                   終わらない日々は争いで暮れる


                    灼熱で己が身を焼き尽くす中


                   戦士達は 更なる力を追い求め


                肉の炉には激情をくべ 鋼鉄の炉には魂をくべる


                    全てが溶け合い 織成され


                     王の帰還が果たされた刻


                        忘却の岸辺


                      其の暗い深淵より




                       伝説は再来する




                         牢記せよ


                   月明りの下 漆黒の闇を身に纏い


                    不吉の翼で空を翔ける者達よ


                   三世の依代 其の幻影に備えよ


                      其の刻は 近い…












                          恐怖

                  憤怒

                                  苦痛

                歓喜

                                 憎悪


                        狂気


                            悲哀


                       絶望

                虚無













                    全てが溶け合い 織成され


                     王の帰還が果たされた刻


                         其は







                     「ナイン」の名の下に









                        第一部・完































































あとがき

はい、読んでいただきありがとうございました。
初めての方は、はじめまして。知っている方は、これからも宜しくお願いします。

このSSは続きます。                                    多分。
あとキャラとか機体の紹介とかは特に行いません。
文から想像してくださったもので結構です。
皆さんの頭の中で美化してください、ドーパミンとかエンドルフィンが迸るくらい。物凄く。

「なんだこりゃ、ナインブレイカーつまんねぇぞ、おい」
という人のために、少しでも「おもしろく」思えるように書いていきたいと思っています。
とは言っても、既に売っちゃった人とか、ゲームのプレイそのものの楽しみ方というのも人それぞれなので
「何言ってんだコイツ」とか思われても仕方ありませんが。
自分不器用ですから、もっと修行します。


しかし、今回は随分と早くSSが書けました。
以前は一ヶ月以上掛かったものが、今回は手をつけてからたったの15時間弱。
確かにSS自体が短いですけどね。自己最速記録です。
実はその理由はあるんですが、こんなところまで何となく読んでしまった、
別にどうでも良い人もいるでしょうから、さっさと終わることにします。


誤字脱字、文字化けがあったら御免なさい。
では、機会があればその時にまた。




堅あげポテトを食べながら、フルーツカルピス'苺'を飲み、
「KISS KISS BANG BANG」 OST
「LACRIMOSA REMIX」を聴きながら

2004/11/28


作者:E&Iさん