サイドストーリー

MISSION NO.5.5

「選定試験?」
 レイヤード、オフィス街の一角のオープンカフェの席でラピスは聞き返した。向かいにはファナティックが座っている。
「ああ昨日メールが届いた。………聞いていないのか?依頼のメールは入っていないか?」
 言われてモバイルを開くが未読メールは無い。履歴にそれらしいものも無かった。常に携帯していて着信に気付かないのも妙な話だが。ちなみにこのモバイル、音も鳴るらしいがバイブレーション機能を使っている。
 自分には試験など必要無いという事だろうか?
「んー無いわね。それでって…………あ、来た」
 ラピスはすぐに『差出人:グローバルコーテックス』と表示されたメールを開封した。



MISSON NO.5・5
 CODE:NO PROBLEM(無問題)



『各レイヴンに伝達します。グローバルコーテックスより、選定試験のご案内です。
 本選定試験は、クライアントからの要請に基づき、より危険度の高い依頼を請け負って頂けるだけの実力あるレイヴンを選び出す事を目的としています。
 試験の内容は、アトランダムに出現するターゲットを的確かつ数多く破壊するというものです。
 複数のレイヴンに同時に参加していただき、その中で最も優秀な成績を収めた方が選出対象となります。
 本選定試験で選出されたレイヴンには、後ほど、参加していただく作戦の内容をメールでお知らせ致します。そのつもりでお願いします』

「うーむ………………」
 文面を見て訝しんだ。複数のレイヴンが同時に受ける理由はなんとなく想像がつくが……
「Aランクのランカーに今更実力を試すと言われても………」
 ブランクがある訳でも無し、歳をとってる訳でも無し。改めて試験に出るまでも無い様に思えるのだが……。
「まぁ確かに今更実力を見る必要など無いかもしれんが……」
 コーヒーをずずっと鳴らす。ちなみにコーヒーは火傷をしないぎりぎりの温度にフレッシュを入れたのが好きだ。
 少し間をおいてファナティックは続きを語る。
「複数同時に競わせる意味は分かるだろう。それだけの状況で勝ち残れる人材を探しているのだろう……私も依頼は受けた。高ランクのレイヴンは試験を受けるというよりは恐らく障害役の様なものなのだろうと解釈しているがな」
 つまりわざと強い奴をあてがって拍車をかけようというのか……任務扱いとなれば火器に規制が無くなる。試験とはいえ、相手によっては死ぬ可能性もある訳だが……大半はD、Eランクからの参加になるだろう。内一人が高ランクとなればその可能性が高くも低くもなる。
「参加者の合否は私達次第って事か………」
 命の与奪権はこちらに握らされるという事だ。……しかし深く考える事でもない。この世界にいる限り自分も含めて、生命はそこまで重いものではない。
「とにかく………せいぜい揉んでやるさ。油断し過ぎて大破しない事を祈ってやる」
「そうね……。ま、集中放火浴びて墜とされたりしない様にね」
 両者は嫌味な笑みを浮かべてくっくと笑った。


 選定試験当日早朝……ラピスは適当に身なりを整えるといつもの朱いジャケットに袖を通した。
「じゃ、行ってくるわ」
 ベッドの中のエクレールは手だけを振って見送った。いや……見送るとは言わないか。選定試験は数日に分けて行われ、彼女は昨日受けていた。
 サムライ腕が少々厳しいが彼女の実力ならば合格だと思っていたのだが、帰ってきた彼女に首尾を聞くと『死神にやられた』とだけ言ってふてくされた様に寝てしまった。
 後でエクレールの対戦相手を調べてみてラピスは納得した。
(くじ運、悪いなぁエクレール……)
 それは今日ラピスに当たるレイヴンにも言える事かも知れないが………ゼロやフォグシャドウよりはマシだと思ってもらおう。


 ガレージに入るとまずフレックが挨拶してきた。
「おはようございます。ツヴァイリッター任務仕様、仕上がってますよ」
「ありがとう」
 中量二脚の機体を見上げる。次の任務は本来の軽量級で出ようと思っていたのだが、この試験に軽量級はあまり相応しくないと思った。仮に不測の事態が起きようものならここは任務仕様の方が適しているという判断だ。それに会場となるホール……狭い場所での乱戦に脆い軽量級はあまりおすすめできない。
 肘と膝にサポーターを付け、シートに腰掛ける。あれこれとスイッチをいじって起動。機体をガレージ区画と隣接した輸送機発着場まで歩かせる。今の御時世、レイヤード暮らしは任務地まで時間がかかるので朝イチの移動だ。
「あーあー……ジリア聞こえる?」
 通信を開き、テストも兼ねてオペレーターの名を呼ぶが、返事が無い……。
「ジリア?……………。こら、起きなさい」
『ふぁ?』
「…………」
『……………』
「…………」
 やがてがたがたと椅子を鳴らす音が聞こえた。
『あ、す、すみません!おはようございます!』
 今の間は恐らくぼんやりと周りを見回していたのだろうと推測出来るが……。
「仕事中に寝てどーすんの。クビにされても知らないわよ」
『すみません、今日朝イチなので私の出勤時間も早くて………』
 そんな事を言われてもこっちも早起きに変わりは無い。……今度は欠伸が聞こえた。
「………緊張感無いわねぇー」
『すみません』
「目こすりながら言わないの」
『………分かりますか?』
「当然」
 などと言っている内に、輸送機は新中央地区を目指して離陸した。


 レイジングホール。ACのテストにも使われる今この場所には、三機のアーマード・コアが立ち尽くしている。
 朱、青、紫……色には個人の趣味が出る。各々のトレードカラーは勿論、芸術や嗜好、はては占いの『今日のラッキーカラー』で決める様な奴も。勿論ラピスがあの様な、どう見ても派手派手な朱いカラーリングをしているのにも訳がある。
『ラピスさん、対戦相手のデータ、回します』
 ジリアの声がして携帯端末にデータファイルが送られてきた。開始時間までまだ少しある。これでも見て時間を潰そう。
(んー……EとDか…まぁ下にも強いのはいたりするけど)
 濃い青の中量級逆脚ACは『ペルヘティク』の『ミラクルパレード』。両手ショットガンにアサルトロケット、コアのEOとドックファイト仕様だ。
 ただどうしても気になるのは、軽量コアに対してやたらとゴツい重量腕をくっつけているのは果たして何が目的なのだろう……威圧感はあるが。
 対してこちらも中量級、二脚型の『テトラバースト』。両手ライフルに連動ミサイルを付けたデュアルミサイルと実弾式EOを搭載した新型コア。パラメータ全体の数字はバランスが良さそうだが半端な機体と言われるタイプだ。まぁそれはこのツヴァイ任務仕様も似た様なものだが……中量級は操者次第で化けるのだ。
「ねぇジリア、あのテトラっての強………」
『あ、そういえばテトラバーストのパイロットの話知ってます?』
 ジリアの声のトーンが変わってラピスはまた始まった、と肩をすくめた。オペレーターという人種は多種多様な情報が飛び交っている中にいる。噂やゴシックも大好きな彼女には天国だろうとラピスは勝手に思っていた。
『シズナ・シャインというレイヴンの居候らしいですよ。ACもホントはシズナ・シャインの所有物らしいですし、任務ではもっぱら僚機としてくっついてるとか』
「シズナ………ねぇ」
 ラピスはテトラバーストを見やった。先程から頭部を動かしてあちこちを見る様な動きをしている。……はっきり言って意図が読めない。何故わざわざACの頭だけを動かしているのか……調子が悪いのだろうか?
『時間だ。それでは選定試験を開始する』
『あ、始まりますね。それじゃラピスさん、頑張って下さい』
 頑張るとはいってもこの試験の結果は自分の加減次第で決まると言っていい。下位に実力者がいるという話も無い訳では無いが、ラピスに危機感を与えたくばトップランカークラスの実力を得るか特別きついカブキさんにでもならなければ無理だ。
『合格者はこの中の上位一名のみだ』
『メインシステム 戦闘モード 起動します』
(注意はあの子飼いの男か……)
 なにせつい先日まで、かつてのトップランカーの名に気付かないぐらい、ラピスのレイヴンとしての怠慢ぶりは酷いものがあった。そして当然、あのテトラバーストのパイロット『マイク・デリンジャー』という名もついさっきまで知らなかった。
 ミラクルパレードのアサルトロケットとテトラバーストの両手ライフルの弾が、ジャンプしたツヴァイの足下を交差した。
(やっぱそうくる……?)
 まぁ賢明な判断だ。やはりAランクランカーは怖いと見える。恐らく優先的にツヴァイは『的』にされるだろう。
 距離が詰まる。両手ショットガンが装甲を僅かに削るがレーザーライフルで牽制しながら着地、テトラの追い討ちをブースターによる硬直強制キャンセルで躱す。
 すぐさまブレードを構えて近くにいるミラクルパレードを狙うが、ここは若干距離があったので後退して躱される。ライフル弾が右腕の装甲を打った。
 ミラクルパレードがEOを射出、ツヴァイを牽制しながらショットガンで壁に現れた標的を狙っていく。
「もらい!」
 手動照準でレーザーライフルを構え、ミラクルパレードのEOを撃った。いともたやすく破壊されて、ミラクルパレードが慌ててこちらに向き直った。
 殺気、テトラのミサイル弾幕が迫る。ライフルで追い討ちをかけようとしているのを感じた。同時にミラクルパレードのロケットが起き上がった。直後に火を吹く。
 普通ならどれかに被弾するところだが……ラピスは直感と腕を頼りに行動に出る。ミサイルの一つをライフルで落とした瞬間、出来た穴から起動させたオーバード・ブーストで一気に抜ける。脚にライフルを一発もらったが……このツヴァイ任務仕様の運動性能なら上出来だろう。
 テトラバーストが近くに現れる。OBの惰性で視界が横に流れるがミサイルの照準サイトは外さない。連動ミサイルと併せて三発がテトラに迫る。
 両手のライフルでなんとか一つを落とし、一つが撒かれたデコイに誘導、最後の一発は胴を打った。しかし………ミサイル放った瞬間、一瞬怯むというかACならば少し不自然な姿勢で硬直したり今も、のけぞりに見えなくもない挙動が垣間見えて、ラピスのテトラバーストに対する不審感はさらに増した。
 気になるが気にしている時間は無い。ミラクルパレードは的に気がいっている。テトラの反撃も正面からならば怖い事は無い。
(まずはテトラに潰れてもらおうかな……?)
 今が好機、とばかりにツヴァイは接近に臨む。しかしこれはテトラの迎撃にあっさりと諦めた。
 EO、ミサイル、両手ライフルの、中量級にしては上出来な弾幕がツヴァイを阻む。弾幕とは足止めが主であるからして、威力は一番の問題ではないのだ。ただ右腕と肩武器を同時に使うにはFCSに少々手を加えねばならない。
「こないだのミサイル男といいアリーナのグラジオラスといい………流行ってるのかしら?」
 ミラクルパレードが照準をこちらに戻してきた。テトラの弾幕とあわせてアサルトロケットを回避。
 今度はテトラとミラクルパレードの間でも競り合いが生じた。ミラクルパレードの現在のスコアがどれほどかは分からないが、少なくとも未だに標的を一つも破壊していない自分やテトラバーストよりは多い。
 逆脚特有の高いジャンプで上空からショットガンを降らせてくる………うっとおしい。
 ツヴァイはミラクルパレードに正面を向けた。テトラの追撃など問題じゃ無い回避テクニックでたちまちミラクルパレードがブレードの射程に入った。
「終わりっ……!」
 後退しようとするミラクルパレードの両手ショットガンが装甲を激しく叩いた。直後、2551が差し出した恰好になった二挺のショットガンを両手ごと斬る。
 すぐさまブースターで上昇、至近距離からのレーザーライフルでロケットも撃ち抜く。
 ミラクルパレードは瞬く間に無力化した。

『ミラクルパレード、戦闘続行不能』
 ジリアの声を待たずして、力無きものは去れ……そう言わんばかりにすぐさまツヴァイはミラクルパレードに背を向けた。
 そこでテトラバーストはまたも曲芸を披露していた。
 右ライフル、左ライフル、ミサイル、そしてイクシード・オービットによる同時射撃で一度に四つの標的を狙撃しているのだ。
『テトラバースト、スコアを急激に伸ばしています』
 これにはさすがに驚かされた。別々の標的を狙うどころかそこにミサイルまで使いこなすか……ひょっとするとサザンナ以上の射撃センスの持ち主かも知れない。
 ラピスも標的を照準にレーザーライフルの引き金を引くが……正面きってのスコア勝負では分が悪そうだ。
「………なら落とすっ!」
 ミサイルを放ち、レーザーで動きを牽制。すぐさま発動させたOBで近距離戦に持ち込む。
 あちらは見る限り中距離用。この間合いでは、こちらの中型ミサイルはともかく、左右に飛ぶデュアルミサイルは使えないのに加え、なおかつブレード持ちのツヴァイの方が有利だ。
 ライフル弾が胴を打った。衝撃がくるが反撃に至近距離からミサイルを打ち込む。
 怯んだ一瞬を逃さずレーザーで装甲を焼き、ブレードを振りかぶる。
 テトラは左ライフルと引き換えにしてその一撃をしのいだ。後退しようとするがまだ逃がしはしない。
 デュアルミサイルが起き上がった。まだ命中させられる程の距離ではないが………発射された。
 テトラのミサイルはコアに被弾した。連動ミサイルだ。デュアルミサイルを当てるつもりは無かったらしい。
 EOを射出、ライフルを発砲。距離をとった両者は射撃戦に移行する。
 ………とはいえツヴァイに射撃のバリエーションはほとんど無い。そういう点で不利は不利だが向こうも左手は空いている。
 ラピスは遠近どちらにも卓越した技術を持っているが、どちらかと言えば射撃に分があった。
 つまり、バリエーションなど無くとも上手いのだ。
「……………っ」
 互いにドッグファイトを繰り返しながら実弾とレーザー弾が交差する。たまに標的を撃ち、再び応酬が始まる。
 テトラの装甲は確実に削られていた。避けようとするのだが回避しきれない、そんな状態だ。
 連動ミサイルは互いにパージ。散発的に放たれたミサイルでデコイも弾切れ。ツヴァイはテトラと同じ中量級でも機動性に重きをおいている。その回避力で被弾率は低くおさえられていた。
 だがそろそろ弾数が心許無い。テトラの射撃頻度も下がってきた。ジリアからの通信が入る。
『残り時間一分。ツヴァイリッター、スコアで負けています………いつもより手抜いてませんか?』
「そう?それじゃ、雌雄を決し、いざ決着の時へ」
『それが手を抜いてるって言うんですけど………』
 OBを発動、テトラに急接近をはかる。正面からでは迎撃されてしまうので、回り込む様に詰めていく。
 右腕が壁にこする。摩擦で火花を散らしながらブレードを発振、エネルギーに注意しながらタイミングを狙って……斬る。
 エネルギーを心配して少し早く切りすぎたか、致命傷には遠い裂傷がコアから腕にかけて出来た。テトラバーストはよろめいて後ろにさがるが……。
(なんでこんなに人間じみた動きしてるのかしら……)
 などと考えて生じた僅かな隙にテトラはライフルとEOを向けた。しかしすかさずレーザーライフルで右ライフルを撃ち、EO弾を受けながらも次弾でEOユニットを破壊する。
 残るは残弾僅かなデュアルミサイルのみ……しかし時間が無いので標的を撃ちたい。
『ニ十秒前!スコア僅差!もう少しです!』
 ミサイルによる執拗な追撃がくる。思った以上に弾が残っていたか……。
 仕方無い、と胸中で呟く。弾が切れたレーザーライフルとミサイルを捨てるとホールにOBの吸引音が響いた。
 テトラに向き直り、発動。ブレードは構えず、腕を構えて突進する。
 ガシャァン!と派手な音と共にテトラにぶつかり、そのままOBを吹かし続けた。テトラは手足をじたばたと、可動範囲を目一杯使って、やはり人間じみた動きで抵抗する。
「おとなしく……っ!」
『十秒前!』
 警告音。エネルギー残量がレッドゾーンに達した。ラピスはやむなくOBを切って惰性を使い、後はブースターを吹かした。アラートが激しくなる。
 機体に強烈な衝撃が走った。シートに固定されていなければモニターに頭を砕かれていただろうが……前後に振り回されて少々気分が悪い。内臓が傷ついてなければいいが。
 テトラバーストは停止していた。その背面には、オレンジ色の標的が潰されている。
『選定試験を終了する』
 担当の声。さて……結果はどうなった?最後の一つで届いていればいいが………。
『合格はテトラバースト、以上』
 ラピスはコンソールに突っ伏した。

『残念でしたね』
「ま……いいけどね」
 試験を終えたホールに立つツヴァイの状態を確認しながら、ラピスは肩をすくめた。テトラバーストがよろよろと退場していくが………あの動きが早くも気にならなくなってしまった。
 やはり修理費はシズナ・シャイン名義なのだろうか……?費用など自分が見たらゾッとするだろうというぐらいボコボコにしてしまったが………。
「………知ーらないっと」
 無責任に一人苦笑すると、ツヴァイはレイジングホールから退場していった。
 余談だが、後で『アンタも無茶苦茶だ』というくだりのメールがマイクより届いた。


 誰もが畏怖する存在。それがレイヴン、そしてアーマード・コア。クライアントの意思に介さず、思うがままに動かれては人々に安らぎは無い。
 彼らを管理する組織、グローバルコーテックスはそういった意味でも重要だった。下手をすれば企業群などよりも。
 その規模こそミラージュやクレスト、キサラギにも及ばないものの、それはあくまでも表面的な判断でありその実態には不明な部分が多い。その全てを知るのはコーテックスのごく限られた上層部だけというのが、私の周りではもっぱらの噂だ。
 だがそれでもレイヴンを管理する者は必要だと私は考える。たとえそれが正体不明の組織であろうと。
 コーテックスへの未登録……管理下におかれていないACは危険だ。企業直属のAC、無秩序に暴れ回るACもコーテックスにとっては粛正の対象でしかないのだ。果たして彼らはそれを理解、承知しているのだろうか。
(じゃあ私らは危険なんだ)
 ゲリラ組織『ニーベルン』の有する格納庫でサザンナは苦笑した。
 ここはレイヤードにある、企業が放棄した工場をニーベルンが使わせてもらっている。
 暇を持て余して読んでいた古い新聞を放る。放棄される前からあったらしく変色し、埃にまみれていたが目的である暇は潰せた。
「ミシェルに借りたらよかったか……『生け捕り』」
 スゴク・アナホルスキーの著書を思い出して一人ごつ。続編の『生き埋め』も気になるところである。
「準備整いました、スタンバイよろしく!」
 メカニックの呼び掛けにサザンナは立ち上がった。耐Gスーツの着心地を確かめながらヘルメットを拾い上げる。
 ……暇だったのは機体のスタンバイを待っていたから。ようやく出撃だ。前方を見上げる。
 ……そこには愛機『ノートゥング』と、アロウの新しい愛機『ツェルト・ファーレン』が並んでいた。


「新しい依頼…か……」
 選定試験から戻り、ガレージ内でそのメールを見て、ラピスは受諾文を返した。
 内容は衛星砲の探査………次の任務地は宇宙になる。まさかこんな日が来るとは……。
 ローダスで狙い撃ちにされた、あのにっくき衛星砲の内部に入れるのなら多少のリスクは関係無い。何より色々と興味がある。
 さて…どちらのツヴァイで出るのが適しているだろうか?敵がいるとすれば自動セキュリティ…ガードメカか固定砲ぐらいだろう。内部通路が広いとは思えない事を考えると回避、防御の関係で任務仕様が妥当か……?
「何やらかしたんですかこれはー……腕潰れてるじゃないですか」
「え?………ああ、体当たりをちょっとね」
 ちょっとじゃないですよ、とフレックは口を尖らせた。
「マニピュレーターの修理だけでも骨ですよこりゃあ……なんだってそんな無茶したんですか」
 ラピスは悪びれもせず言い返した。
「失礼ね。由緒正しき立派な技よ」
「どこがですかっ」
 フレックも負けじと叫ぶ。
「ったくこの潰れ方、どうせオーバード・ブーストで突撃したんでしょう」
「普通のブースターじゃこうはいかないでしょ」
 飄々と受け答えし続けるラピスにフレックは肩をおとした。
「はーぁ……で、どうします?とりあえず軽量級にしておきますか?」
「そうねぇ………次までに腕は直らないだろうし……そうしといて。三日後に任務あるからそれまでに」
「分かりました」


 一方地上では、アーカイブエリア……荒野というよりは砂漠、と呼べるこの場所で大規模な戦闘が起きようとしていた。
 クレストとミラージュ…。先日クレストが衛星砲の被害を受けたところを、機に乗じてミラージュが仕掛けてきたのだ。
 双方は自社のMT部隊と共にレイヴンを雇用。空挺でここまで進行してきたミラージュを、クレストが迎え撃つ。
『さあゆくぞ者共!続き、怒髪天君の活躍を胸に刻みながらしかと見物しているがいい!』
 通信機から態度のでかい声が響いた。さすがアリーナ屈指の高圧レイヴン、とカイノスのコクピット内で感心してみるが、事態はそう楽観的なものではない。
 天候は磁気嵐、電子機器には最悪な状態。
 クレストの部隊にはエグゾゼが多数確認されている。あれの火力、機動性は厄介だ。
 こちらは無人機のランスポーターとカイノス/E02。フリューゲルは空輸中の交戦で損傷……まぁこの磁気嵐ではどの道危険なので出撃出来ないだろうが。しかしレイヴンがいるとはいえ………いや、あれは『はずれ』ではなかろうか。
『怒髪天君、出撃だ!』
 輸送機から降下していく怒髪天君・AC 
MODE。言っておくがハッチこそ開いたものの、まだ出撃命令は出ていない。
『ちっ、馬鹿が……カイノス、降下!ランスポーターはもっと低空で降ろす!』
 司令の毒づきに、パイロットはやれやれと頭を振った。

「来たね………」
『始まったか』
『確認した。一分後に仕掛けろ』

 エグゾゼがプラズマキャノンを放つ。ブーバロスが堅牢な装甲を盾にバズーカを乱射。一撃がきつい攻撃ばかりだ。
 カイノスのパイロットは顔をしかめてミサイルのロックを呼び出すが、磁気嵐のせいでロックしきれない。ブレードが当たる相手でもなく、レーザーライフルを構える。
 回避運動がろくに出来ないランスポーターはいい的だった。AI自体に磁気嵐が悪影響を与えなかったのは不幸中の幸いだ。ロックに影響しないロケットも、この状況では勘で撃つより手は無いがAIにそれを期待するのは無駄だろう。
 磁気嵐さえ無ければ……。向こうは正確に撃ってくる。条件は同じな筈だ、負けてなるものか、と奮戦する。
『むがー!おのれ砂嵐め!このギズロ様がわざわざ徒労の末に訪れてやったのだ!おとなしく感きわまって迎え入れてはどうなのだ!』
 友軍のレイヴンは理不尽な怒りをぶちまけている。
 だが撃ちまわしているマシンガンとショットガンは最終的にかなりの戦果を叩き出しそうな勢いがあった。さすがにミサイルは使えない様だが、あんな奴でも頼もしさすら感じる。
『手強いな……だが!』
 通信機からノイズ混じりの誰かの呟き……。すぐに敵の増援だと知らせが来た。

「ランカーAC。Bランク、ヘルストーカーを確認!」
「向こうと周波数が近い様だな…全機、通信機の周波パターンをDに変更させろ。……やはりレイヴンを雇っていたか………艦砲用意。磁気嵐の影響を受けないところからでいい、援護しろ」
 クレストの空挺が回頭、戦闘空域に近付いた瞬間。その空挺は爆発、四散した。

 その閃光は磁気嵐の間からもいくらか見えた。轟音に何事かと動きを止めたブーバロスがカイノスのブレードに貫かれる。これでは装甲剥離は出来ない。
 カイノスのパイロットが目の前の脅威を除きほっとした一瞬、見慣れないACが通過した。


「何だ!?どっちの増援だ!?」
 色はシルバーをメインにオレンジ。軽量逆関節のACは高火力レーザーキャノン、武器腕のPOWERを左右に腕を広げて放った。
 光条に貫かれ、崩れるランスポーターとブーバロス。それを見ていたカイノスのパイロットは驚愕した。
「馬鹿な、武器腕は固定されている筈じゃ……うわぁぁっ!」
 もう一機のフロートタイプの左腕。シールドにも似た形の、デュアルレーザーライフルがカイノスのコクピットを貫いた。

『ACがいる!』
「叩くよ!」
 エクステンションを起動。サザンナは小型ミサイルのロックをヘルストーカーに合わせた。ツェルトは怒髪天君に向けてロケットを放つ。
「ヘルストーカーとどはつてんくん……ずいぶんとランク高い連中がいるじゃないかっ」
 五回ロックしたところで発射。連動した魚雷ミサイルが低空を走る。

 コープスペッカーは虚を突かれて、ミサイルを回避しきれなかった。まさかあれだけのミサイルを飛ばしてくるとは思わなかった。
 この環境で長くロックしていられるとなると、高性能なノイズキャンセラーの付いたレーダーでも積んで………いない。逆関節機がレーザーキャノンで狙ってくる。確かあのパーツはサイトがかなり狭い。互いの距離が近いとサイトに振り回される事になるだろう。
 ……しかしどうした事か、いつまで経ってもロックが外れた気配は無い。空中を飛んでリニアキャノンやとっておきの多弾頭ミサイルで攻撃しても狙いがブレた様子は無い。どうなっている?
(狙撃タイプのパイロットか……っ)
 射撃の精密さに重きを置くレイヴンはそう珍しい訳ではない。逆にデュアルブレードで接近戦に特化したレイヴンもいるのだ。
 だが狭いサイトをこうも外さないとなると相当のものだ。また被弾。APの表示が半分を切った。苦々しい笑みを浮かべる。
(あんな奴はアリーナにいない。ミラージュの無人機……いや、人間だ!どこにこんな奴が…っ)
 ノイズが走り、ロックが外れて目標を見失う。ミラージュの専属……にも見えなくもないが先程ランスポーターを撃っていた。違う様だ。
 レーダーが復活した。反応が出て位置を認める。FCSの方はまだ安定しない。コープスペッカーは思い切って手動照準で、見えそうで見えない相手へ踏み込んでLQ/15を放った。
 しかし敵機はヘルストーカーの真上をとっていた。……自分が懸命に撃ち抜いたのがダミーマーカーだと気付くまでそう時間はかからなかった。レーダーに自機の反応と重ねて隠れたという事実にも。
(しまった………っ!)

 上空からのデュアルレーザー高火力モードがヘルストーカーの両腕、リニアキャノンを破壊した。
「タナンの怪しい発明も役に立つ事あるんだねぇ」
『はははー、作っておいて良かったでしょう』
 タナンの声。バンカースの近くにいるらしい。FCSに何か細工したらしいが詳しくは知らない。だがおかげでロックオンと通信に磁気嵐の影響をほとんど受けなくなった。ただレーダーはノイズだらけなのだが……。
 ヘルストーカーから離れ、場所を移しながら散発的にMTを撃つ。企業の連中に第三者の存在をなるべく悟らせない様にやらねばならないのだ。この磁気嵐がやむ前に離脱する予定だ。
 FCSを複数付ける事によって実現した、武器腕左右独立可動による二機同時撃ち。コクピットの操縦系統にもかなりの改造が施されているが、パーツの大半がジャンク寸前だったのでコストは割と安かったりするのだが、何かもの悲しい。
 APを確認、残り六割程度。この環境における条件の差で、Bランクを相手にしても被害は比較的軽めだ。サザンナ専用機としてノートゥングはその光の矛を振るった。

「………何だぁっ?」
 ツェルトはレーザーで怒髪天君のインサイドハッチを剥いだ。中にはデコイが詰まっていた。
(さっきからミサイル撃ってんのに何でデコイを使わん?)
 ショットガンの弾を左のデュアルレーザーライフルで防御する。
 このライフルの形状を活かして、表面に装甲板を貼り付けてあるのだ。初期装備のライフルの弾ぐらいなら十数発もらってもレーザーライフルを壊さずにしのげる。確認した残りAPは約五割……フロートは脆い。
 ………ふと通信機の周波数をいじってみる。相手の声が聞き取れないかと思ったのだ。
『貴様ぁ!ふよふよと空中を漂いおってぇ!上から物を見ているつもりか!馬鹿め、真の王者とはどっしりと地に構えるものなのだ!愚劣なる貴様などには分かるまい、この悠然たる姿!怒髪天君も飛べる!だが敢えて飛ばない!それが………』
 アロウは無言で周波数を元に戻した。何だ、ただの馬鹿か。
 ACは普通に飛べる。フロート脚は例外としてブースターとジェネレーターさえあれば。確かに戦闘中、怒髪天君が空中に飛んだところを見ていない。ただの戦闘スタイルだと思っていたが違うらしい。
(だが、そんな余裕がある訳じゃないだろうが!)
 右腕のパイルバンカー……射突型ブレードを構えた。この武器、威力だけは文句無しに最高クラスだが扱いが難しく、当てる事が出来るレイヴンはアリーナにも数える程である。
 ミシェルは……非効率的なんで使いたがらないが、やれと言われたらやるだろう。それだけの腕はある。
 背後に回り込みながら腕を振りかぶる。一定の間をおいて繰り出された鉄杭は怒髪天君の右腕を難なく貫いた。マシンガンを封じたが、やはり扱いが難しい。相手も動いてる以上、最後の照準合わせは勘でやるしかない。今回は怒髪天君の動きが鈍いから当てられたが、次はこうはいくまい。
 離れる間に追い討ちのEOで背面を焼く。向こうは文字通り火の車の筈だが、旋回して残された火器を集中させてくる。ツェルトはシールドライフルを構えながらロケットで応戦した。
 ツェルト・ファーレンはACの中でも扱いが難しい部類に入る。武装、機能が多過ぎて操作にあたふたとしなければならないのが主な理由だ。このアセンブルの主導権を握っていたミシェルを恨む。
『聞け。磁気嵐の衰退を確認。一分以内に戦闘エリアから離脱しろ』

 ノートゥングはミサイルを斉射。残された肩武装でしつこく食い下がっていたヘルストーカーのコクピットにトドメをさした。
「ズラかるよ」
『おお』
 近くにツェルトが現れ、それを怒髪天君が追って来ているのがノイズから一時的に逃れたレーダーで見れた。これは都合が良い。
 ノートゥングとツェルト・ファーレンは磁気嵐と戦闘に紛れてそのまま離脱。
 ヘルストーカーはミサイルで怒髪天君が撃破した事になり、ギズロの『空中から撃ってくる偉そうな奴』という言は空中戦スタイルのコープスペッカーの事だと人には思われた。



 この惑星の衛星軌道上にある一つの宇宙衛星。今までに数多の高エネルギープラズマ砲を地上に降らせた兵器の中に今、自分はいる。
 ……正直なところ、思っていたよりそんな実感は涌かなかった。一見するとただの要塞攻略にも似ている。
 今回は制圧に先駆けて内部構造の調査、つまり強行偵察をするのが任務だ。ミラージュは衛星砲をコントロール出来ると言うが、果たして大丈夫なのだろうか……。
 だがそんな事は自分が気にする事ではない。
『こちらイカルス。タイムテーブルを確認。ツヴァイリッター、早く戻れ』
 侵入して間も無く、セキュリティ部隊が来るという報から数分……。可能なだけのマッピングを行ってイカルスの待つポートS2に戻り、脱出する事になったはいいが、ここでラピスは奇異な行動に出た。
『……どうしました?探索可能範囲のマッピングは完了です。早く脱出を…』
 制限時間が予想以上に短かったので、軽量級で出ざるをえなかった今回のミッションは運に助けられたと言ってよかった。さすがに中量級ではマッピングどころではない。絶対的なスピードは腕でカバー出来ないのだ。
「………そこね」
 は?とジリアが聞き返す間にツヴァイのマシンガンが部屋の天井の金網を破壊した。向こうには通気の為のダクトらしき空間が続いている。
 ……その先には部屋がもう一つあった。
「隠し部屋はっけーん」

『……遅い。三十秒後にハッチ閉鎖だ。急げ』
 イカルスの言葉に、ジリアは焦燥をあらわに叫んだ。
「ラピスさん聞こえましたか!?急いで下さい!」
 焦らされながらイカルスのハッチのモニターを睨み……やがて見えた。朱い軽量二脚。ずしずしと重い足取りで歩み寄ってくる。
『あー間に合った』
 右手にマシンガンが無い。代わりに何やら赤いパーツが握られていた。しかしジリアはそれよりも先に通信機ごしに聞こえる警告音について尋ねた。
『いやーこれ拾ったら重量過多になっちゃってねぇ』
 基本的にレイヴンによる火事場泥棒はあまり咎められない。程度や場合によるだろうがラピスの様に何かを拾ったり、敵のパーツを奪ったりして金に替えるレイヴンも少なくない。
「…………よくそんなものを見つけられましたね」
『フ……パーツの声が私を呼んだのよ』
 随分と誇らしげに答えるラピスに、ジリアは何も言う気にはなれなかった。

 探索率は高い。持ち帰ったデータは大いに役立つ事だろう。地上に戻り、輸送機の中で今回の特別報酬の算段を重ねるラピスは、ふと傍らに電卓を置きモバイルを開いた。最新のニューストピックスをチェックするのだ。
 ……確か予定ではツェルトファーレンが組み上がっている筈だ。どこかで実戦テストも行われている事だろう。
 あの機体は援護仕様に組んである。その多機能故に操作が忙しい為、スタンドプレーでは真価を発揮しない。操作のタイムラグを埋める為に前衛を勤めるもう一機が必要だ。
 それがノートゥングであり、ツヴァイである。
 これらの共通した欠点は防御の薄さにあるのだが……重装甲は金がかかるのがニーベルンには痛い。パイロットが熟練しているのが救いだ。
 とりあえずさしあたっては今回の報酬はニーベルンに渡そうと思う。
「あー貧乏って嫌………」
 Aランクランカーらしからぬ発言である。
 ちなみに大金を非合法な組織にぽんと渡す訳にはいかないので、現物…パーツに変えたりと色々と工夫はされている。管理者がいた頃に比べたら随分と楽になったものだと胸中で頷く。
 頬杖をつき、外を仰ぐ。空が朱い。作戦開始時刻が朝だったのもあって、夜にはレイヤードに帰れそうだ。
 これからの情勢……ミラージュが衛星砲を手中に収めたらパワーバランスは一気に傾くだろう。もしかしたらレイヴンを飼うコーテックスですら手がつけられなくなるかもしれない。しかし………
(果たしてそううまくいくかしら………)
 嫌な予感というものは当たり易いのだ。



 あとがき

 さてさて、ものすごい時間かかりましたがラピスサイドNo.5・5をお送りします。ラッドが投稿忘れてたんですよこれ(爆
 選定試験で力尽き、後にいけばいく程、戦闘描写がだれてくる……いかんなこりゃ。これでミッションツヴァイは早くも出番終わり。
 ようやくこちらもネット環境整ったんで自力で投稿していきます。これでラッドのデータが無くなっていなけりゃなぁ……(泣
 こっちも携帯変える時のミスでファイルデータ転送出来なくなっちゃったんでほとんど白紙状態です……
 さて、次は設定集かラピスの昔話を出そうかと考えております。でもまだ設定集出すには早いかな…?

次回、表面化する異変。事態の収拾に走るラピスとエクレールに立ち塞がるのは……?

No.6・5:A・I's rebellion(機械達の反乱)
作者:ラヒロさん