ファースト・コンタクト
多数の人間が住む地下都市「レイヤード」。
ビルの立ち並ぶ中に、爆破した黒色の武装ヘリコプターやロボットが多数。
そしてその奥に、そのロボットよりひとまわり大きい白い人型ロボットが1機、
その「手」に持っているマシンガンの銃口からは、白煙が上がっていた――――――。
―――アイツが死んで、時が経って、
忘れられても、
俺は忘れない。
アイツが死んでから、
頻繁に思い出すようになったんだ。
そうだ、アイツは最初から何も変わっちゃいない。
あまりにも身勝手な出会いに、あまりにも身勝手な申し出。
あまりにも、身勝手過ぎた、死―――。
本当に、アイツは最初から何も変わっちゃいなかった。
あの時と同じ場所。
向かい合うビルに挟まれた道。
一本だけ、我が物顔で伸びる道。
イヤになるほど長い道。
ハイウェイの上に転がる、ビルの破片、窓硝子の破片、潰れた車。
立ち込める硝煙、舞い上がる煙、連なる弾痕。
立て続けの戦闘で、疲れきった心と体に現れた、
……存在が疲れきった奴。
出会い。
何度も思い出していたあのときを、
俺は最期に思い出す。
あのときの戦い。
あのときの心。
覚えてるかい?ジョニー…
俺たちの、最 初 の 出 会 いを
「こちら<K>……オペレーター、周囲の状況の確認を。」
『わかりました。………武装ヘリ3機、MT2機、こちらに近づいているようです。』
「……まだ来るのか。」
『敵勢力も大分収まってきました。もう少しの辛抱です。』
「…了解。」
『……来ます!!』
…バルバルバルバル………。
風を切る鈍い音が聞こえてくる。
「(ミサイルロック……1、2、3………)」
その音は次第に大きくなり、
やがて武装したヘリコプターがビルの上に姿を現す。
「(…4、5………)」
―――敵武装ヘリ、一本道をはさみ、左上空に2機、右上空に1機―――
「…今だ。」
武装したヘリコプターが姿を現すや否や、
人型ロボットは、右後ろ肩についているミサイルを発射させる。
ドドドド…………音と共に、勢い良く立て続けに発射された5つのミサイルは、
人型ロボットの左上空にいるヘリコプター2機にそれぞれ2つずつ、
右上空に1つ、向かってゆく。
―――左上空、武装ヘリ2機墜落―――
2つの鈍い風の音が、爆発音の後、どんどん鈍くなってゆく。
そしてもう一度、爆音。
人型ロボットは、その「頭」にある「目」で、それぞれの爆発を確認するように睨む。
耳障りな音が2つ、消える。
「1機…外したか……。」
『<K>気をつけて!!目の前に敵反応!!』
その時、突然4脚型のロボット2機が前方、左側のビルの谷間から姿を現した。
人型ロボットはすぐさま「目」をそちらに向け、銃を構えた。
だがもう遅い。
人型ロボットより一回り小さなそのロボット2機は「腕」からロケット砲を発射した。
―――小型ロケット着弾、コアに命中。損傷、微少―――
「くっ……!」
『…大丈夫ですか<K>!?機体はまだ……』
「…心配するな。被弾はこの戦闘の最初から抑えている。
……長期戦だ。小粒相手の連戦に少し神経を削られているだけ……だろう、な。」
『そうですか、それなら…。』
「……そんなことで通信を入れていたら、お前がもたんぞ…?」
『…え?』
「…いや、いい。気にするな。
……やれやれ、疲れたな………少し強引に行かせてもらおうか。」
「胸」のあたりが先ほどより黒ずんだ人型ロボットは、ぐっと「脚」をふんばり、
体勢を少し前に屈める。
「腕」を少し引き、「頭」を上げる。前を見る。
同時に「背中」が開く。
ロックの外れる機械音。
熱を圧縮する吸引音。
―――オーバードブースト発動―――
急加速!!
真っ直ぐ伸びた道を、真っ直ぐ進んでゆく。
小型のロボットが出てきた、ビルの谷間に高速で近づいてゆく。
もう少し。
あと少し。
近づくたび、人型ロボットはビルの谷間の方へ、
左側へ、向きを変えてゆく。旋回してゆく。
まだ、ロボットはそこに隠れていた。
『!?なっ…なんだと…!突っ込んで……っ!?』
「…すまんな、面倒は無しだ。死んでくれ。」
体勢を整える。
「右足」で地面を蹴飛ばす。
宙へ飛ぶ。
―――オーバードブースト、解除。同時、ブースト、オン―――
今まで進んできた方向とは逆の方向…左側にブーストを発動。そのまま宙へ斜め上空に移動する。
―――マシンガン発射―――
相手の攻撃が始まる前に、
「右手」のマシンガンの銃弾を、相手に降り注ぐ。
もがく小型ロボット。
『なっ…く、くそっ……速く…て……捕捉…があぁッ!!』
そして、沈んでいった。
「あと2機…。」
攻撃はまだ終わりではない。
先ほど倒した小型ロボットの、破片の散らばる地面…ビル谷間の路地裏に、
<K>は自らのロボットを着地させる。
ブーストオフ、巨大なロボットは重力に任せて落ちてゆく。
地に足が着く。
着地する際の衝撃を「脚」を軽く曲げて和らげる。
着地後、すぐさまコックピットのメインディスプレイ右上にあるレーダーに目をやる。
―――後方に1機、左後方上空に1機―――
「(空と地……やれやれ、面倒な配置だこと。)」
人型ロボットは「腰」と「頭」をそれぞれ右側に回転する。
後ろに振り返る…そしてその「目」で、目の前の敵……
こちらとは反対の、向かい側のビルに挟まれた、薄暗い路地裏に見える4脚型の小型ロボットを睨む。
…同時、ロボットが体の上についているロケット砲の銃口が、こちらを向いた。
………発射音。
―――相手のロボットよりロケット砲の攻撃―――
「(……なめられたものだな。)」
先ほど、同じ攻撃に当たったことをいいことに、随分と調子にお乗りのようだ。
人型ロボットは即座に「背面」のブースターを吹かす。
一気に、空へと昇る。
―――攻撃回避―――
ロケット砲はロボットの下を通り抜け、そのまま路地裏の隙間を通っていく。
…鈍い爆音。
ゴミの集積に当たり、紙が飛び散る。
燃える。
消えていく。
「かわしてくれという攻撃…当たる筈が無い。
やれやれ……なめるなよ新米。」
そう言った後、「先ほどの攻撃は何故当たってしまったのだろうか」と少し気になった。
「(先ほどの攻撃…当たった理由は、何だ?)」
まだ空中にいる人型ロボットは、そのまま向かい側ビルの上空へ向かう。
「背面」のブースターを噴出し、調整し、上昇しながら的確にターゲットへ向かっていく。
武装を変更する。「右手」を降ろし、「左肩」後ろのミサイルを構える。
そして、路地裏から道路へと出た。
視界が開ける。以前より、左右が見渡せる。
―――その時。
―――右上空から機銃攻撃―――
「(…忘れちゃいないさ。)」
ブースター出力最大。
右・左・右の動作で機銃を回避。
出力はそのまま……空中で「姿勢」をかがめ、一気に前進する。
―――ミサイルロックオン完了―――
「……プレゼントだ。」
トリガーを引く。
音と共に連なり、箱状の物からまるで我先にと飛び出すように飛来する4つのミサイル。
…狙いは、ただ一つ。
高速で路地裏へと、ビルの谷間に、隙間をぬって入っていく。
―――着弾―――
一瞬。ただ煙だけになる。
何か、もがくような動きも見えずに、煙が消える。
わずかな鉄屑だけが残って、それはなくなっていた。
空中からその一部始終を見届けた後、
人型ロボットはすぐさま振り返る、
右後方に「目」をやる。
いきり立つように鈍い音を立てながらプロペラを回し、
禍々しいほど黒い光を帯びた銃口をこちらに向けているヤツがいる。
一瞬、銃口が光る。
連続で光る
連射される。
―――敵武装ヘリによる機銃攻撃―――
「同じことを言わせるか?
…やれやれ……当たってやるよ、ご希望に添えて…な。」
前進。
人型ロボットは機銃を「左腕」で受け止める。
銃弾はやむことはない。
連射される。
受け止める。
ヘリコプターに近づいていく。
やれやれ。
そんな無駄な自己主張しなくたって、こっちはちゃんと知っている。
そんな無駄に自己主張しなくたって、こっちはちゃんと気づいてる。
欲しいモノがあるんだろ?
くれてやるよ、減るもんじゃねぇ。
一太刀!!
―――ブレード攻撃―――
ヘリコプターは二つに別れ、
風を切る鈍い音はますます鈍くなり、喜び悶えるように、身をくゆらせて失墜する。
橙色の刀身を「左腕」から出していた人型ロボットも、ブースターを停止させ、
刀身をしまい、その身を重力に任せる……。
次第に小さくなる、風を切る音。
大きな2つの足が地面を揺るがす音。
プロペラが地面を削る音。
爆音。
破片がビルのガラスに飛び散る音。
ガラスの割れる音。
ガラスが地面に落ちる音……。
先ほどの攻撃が当たった理由。何だか、わかるような気がした。
武装ヘリの機銃攻撃をかわすことなく突っ込んで、斬り込みに行った自分を思い出す。
「(……かわすのが面倒、か。愚かなことだな…。
攻撃、当たるのも当たり前か。かわす気がないのならな。)」
通信。
『<K>!南の方角に増援を確認!』
「……何…?」
『レーダーに大きな熱源を感知。……ACです!』
「…雇われたか。」
しかし随分と遅い到着だ。何故同時に襲撃してこなかったのか。
俺を疲れさせて、その後に撃破するつもりだったのだろうか?
となれば……相当な策士か、腕に自信のあるバカか………。
「……敵の情報は?」
『今照合中です。ええと、AC名、モ……。』
『ひゃっほぅッッ!!』
突然、通信から大きな声が割り込んできた。
「ぐおぁ!?」
『きゃあ!?…な、なんですか『K』!?突然大きな声を…』
「……いや、俺じゃねぇ…。」
『!!…敵AC、早いです!もう目視できる距離まで来ているようです!』
「…そうか。」
先ほどから居る人型ロボットは、嫌になるほど長い一本道に……その直進方向へ「体」を向け、
その「顔」を少し上に向ける。遠くを見る。
右側から何かが来るのを視認する。
「目」を追って確認する。
高速で近づいてくる何かが……もう一つのロボットを右側から確認できた。
夕日をバックに、逆光で姿がハッキリとはよく見えない。
ただ、ド派手にぶっ放してるブースターはよく見えた。
…オーバードブースト。左を向きながら、それで移動してきている。
だんだんと、相手がハッキリと見えることを確認できる。
……近づいてきている。
旋回し、だんだんとこちら側に「体」を向けてきている。
……視認出来る。
OB付きのクレスト製軽量コアを中心に、
全体的に軽量パーツで組まれた軽量2脚。
「右手」にはマシンガン、「左手」には投擲銃を持ち、
「肩」後方にはレーダーとミサイル、
「肩」の横両方についている、細身の「腕」には似合わない、
大きな連動型のミサイルのエクステンションが妙に目立つACだった。
昔から、何の代わり栄えもないアイツのAC。
「何も変わっちゃいないな」…アイツに対しそう言うと
「そりゃお互い様だろ」……いつも決まって、笑いながらそう返された。
あの時は…ミラージュに雇われたんだろ?
もう少し考えろ。…装備、クレストだらけじゃねぇか。
―――敵AC、オーバードブースト解除―――
瞬間、目の前で「右腕」を左に、「左腕」を右に。
「体」の前でクロスさせた。
「膝」を軽く曲げ、「顔」は少しうつむかせる。下を向く。
すぐさまブースターを大きく吹かし、
空中で大きく、2度、前転する。
地に脚が付いた。
その「腕」をクロスさせたまま、大きく前に屈んで着地し、
その脚でブレーキをかけた。
「………。」
『<K>、すみません詳しい照合にはまだ時間が…』
「いや、必要ない。」
『え?』
「こいつには必要n
『だぁー!!味方みんなやられてるじゃねえか!!』
「うぐぉ!」
『やべぇ…あ〜完全に遅れてちまったぁ…!!
オペレーターちゃんどぅするよ?コレ?やっぱ俺の責任っすか?』
な…なんだコイツは!?
『頼むからちゃんとナビってくれよ〜!アバウト過ぎるよ!
何!?「北の方」ってさ!!お前…子供が……まだ食べてるでしょうが!!!(?』
増援……コイツが増援!?
『……いやいくら新人でも、それはカンベンだよ〜。俺もう死んでるよ?精神的に…。』
コイツ……コイツが俺の敵!?
『……あ…泣いちゃった……?』
「……おい。」
『……悪いことしたかなあ…。』
「………おい…。」
『……仕方ない、帰ろう。』
「…あの……(聞いて……)。」
『……何だお前っ!?』
「…………。」
『はっ!?俺の夢はッ!?』
「知るか…。」
『……ちょっと待て、ACだよな?目の前に…え〜っと。』
「………。」
『あ、そっか、俺はミラージュに雇われて……って、敵かお前!!』
「………ハイ。」
腕をクロスさせて停止していたロボットは、突然動き出す。
「右腕」を左から右に。
「左腕」を右から左に。
「脚」を伸ばし、
「頭」上げ、こちらに「目」を向け、
「右手」の銃をこちらの「頭」に向けた。
「……はぁ…。」
納得の返事なのか、
呆れの溜息なのか、
未来が心配なのか、
どうでもいいのか、
何でもいいのか、
声だか息だか、
とりあえず、なんか口から出る。
「…まぁいい。そっちの事情は何だか知らんが、とりあえず始めるならとっとと始めてくれ…。」
『事情…?な…何で知ってんだ!?
俺はまだ誰にも話しちゃいないぜ!?』
「……は?」
『遅れた事情…てめぇ、まさかスパイか!?』
「何処のだ…。」
『…クレストとか。』
「専属ですが。」
『あー。』
「……どうでもいいが始めるなら早くしてくれ……耐え難い…。」
『?…何がよ?』
「全て丸聞こえの、お前の通信だ…。」
『丸聞こえ……まっ…丸聞こえだとっ!?』
「五月蝿くてかなわん…それで逝くぞ、俺は。」
『………てめぇに、アイツはわたさねえ!!』
「…あの……。」
疲れた。
―――右手マシンガン(考えも無く)(とりあえず)乱射―――
バババババババババババババババババババババババババババババババ………
『ギャース!!危ねぇー!!!』
「……(死ねばいいのに…。)」
相当な策士か、腕に自信のあるバカか…。
………やれやれ、カンベンしてくれ。
ただのバカは、苦手なんだ。
―――戦闘、開始―――
『あー、まぁいいやッ!じゃ、行きますかっ!』
(どこから来るのかわからない)その明るい声と共に、目の前の細身のロボットは
「右手」のマシンガンを構える。
銃口をこちらに向ける。
―――敵ACよりマシンガン掃射攻撃―――
「…<かわしてくれ>という攻撃はするな。」
幾つもの弾が連なり、こちらに向けて弾は大量に飛んでくる。
ロボットは「左肩」を前に、「右肩」を後ろに、
「右足」を少し後ろに……体勢を右にずらした後、
ブースター展開。後ろへステップするように移動し、すぐにブースターを停止させる。
連なるマシンガンの弾は、右を向くロボットの「体」をかすめ、通り過ぎる。
そして、後ろに消えてゆく。
今度はこちらの番だ。
すぐさま「右手」を前に出し、マシンガンを構え、トリガーを引く。
反動と同時に、何発もの弾が発射される。
―――マシンガンによる反撃―――
突然、笑い声混じりの通信が入ってくる。
『<かわしてくれ>だって?お生憎様w…その言葉、そっくりそのままお返しするぜ?』
弾が連なり飛んでゆく。
細身のロボットは少し屈む。
そして「右脚」で地面を蹴り、
こちらから見て、右へ行く。
俺は狙いを右に定める。
もう一度、少し屈む動作。
ブースターを展開させ、噴射と同時に「左脚」で地面を蹴飛ばす。
今度は逆方向の少し上、左上へ飛ぶ。
再び「右手」を移動させ、左上へ飛んだ相手を狙う。
地面を蹴った後「胸」を中心とし、「体」が弧を描いて時計回りに回転していく。
そして「脚」を左に「体」が完全に横になったとき、細身のロボットは、
再びブースターを展開させた。
「右脚」を曲げる。
そしてその曲げた「右脚」を一気に放つように戻す。
ビルの壁を蹴る。
一気に右上へと飛んでいく。
相手の銃口はこちらを向いていた。
―――敵ACよりマシンガン掃射攻撃―――
上空から飛んでくる雨のような弾幕。
ブースターを展開、地面を滑るように右へ移動。
相手は狙いを変える……弾幕は右へとずれ、こちらに狙いを定めてくる。
『<K>!!危険です!後方へ避けて!!』
「……余計な通信は、入れるなと言ったろう!!」
『!?ご、ごめんなさい………。』
「(左はまずい……被弾する。だが右には道が無い。)
そう、お前の言うとおり、確かに引くのが上策……
だが、それじゃ面白くない。」
『面白く……ない………?』
弾はもう、そこまで来ている。
「(……この場合…………そうだな、悪くはない。)」
「前へ出る。」
―――ブーストオン、出力最大―――
「体」を前へ、「顔」を上げる。
地を滑り、全速力で“前”に出る。
連なる弾幕、
斜め前上空からのマシンガン攻撃。
引くは上策。
出るは奇抜。
弾幕を掻い潜るように、前へ出る。
敵の銃弾は「頭」をかすめ、後ろへと消えてゆく。
止む事の無い攻撃の中、
ただひたすら、
進むことだけを考えて。
『……前…だと………!?』
「……まだまだ。」
『バカかコイツ……距離が詰まれば、当たり易いってぇのっ!』
「………。」
細身のロボットは未だ空の上、
飛んで、こちらに狙いを定め、攻撃を止めることは無い。
こちらのロボットは未だ地の上、
進んで、弾幕を掻い潜り、その攻撃に当たることは無い。
『…にゃろう……!』
『<K>…すごい……近づいているのに、一発も…当たらないだなんて……。』
「…そろそろ、か。」
<K>はコックピットの画面右上にあるレーダー表示に目をやる。
ロボットは「頭」を上に向け、細身のロボットにその「目」をやる
青いマーカーが、レーダー表示の丁度真ん中にあることを確認する。
自分の位置が、丁度細身のロボットの真下にいることを確認する。
降り注ぐ弾幕の中、
前へ進み続けながら、
「頭」を戻す。
「右脚」を前に出す。
―――ブースト解除―――
「右脚」を地面に踏ん張らせ、
機体の動きを止める。
その「右脚」を軸にして「全身」を回転。
180度回転したところで、「頭」を再び上へ。
―――ブースト、オン―――
「左脚」で地面を軽く蹴って、
「体」をやや後ろに反り、
体重を進行方向と逆に向ける。
全速力で後退する。
その動きと同時に「右手」を上に向ける。
マシンガンを上に向ける。
銃口を上に向け、
トリガーを引く。
連なる弾幕。
空へ飛んでいく。
―――マシンガンによる迎撃―――
『なっ……おっ、おいおいおいおいおわわぁっ!!』
「………よし。」
―――敵AC、被弾―――
相手は攻撃をやめ、再び上空へ飛んでいく、距離をとる。
相手のブースターは止まることなく、
そのまま吹かしながら空を移動して、近場のビルの上へと着地した。
こちらは未だ道路の上にいる。
<K>はコックピット、操縦席右手部分のトリガーから指を離す。
そして、ロボットの「右腕」を下ろす。
『うへー、あぶねぇあぶねぇ……』
「(降りてこない……つもりか。)」
両サイドがビルに囲まれた道路。
閉所での戦闘だ。確かに一方向に道が長いとはいえ、
接近戦になることは間違いない(それにどちらも武装はマシンガンだ)。
激しい撃ち合いになれば、いかに軽量級とはいえ、攻撃をかわすのは困難。
装甲面の優れているほうが有利になるのは…読める。
囲まれていないところ……つまり空に出る、ということが、
軽量型の機体には上策。それは間違いない。
しかし……あれだけ長時間滞空してたにもかかわらず、まだ、飛んで距離を離すとは…。
ジェネレーターのエネルギー残量を気にして降りてくるか、
無理矢理飛んでチャージングでも起こすと思っていたが……
あの様子を見ると、まだまだ元気に飛べそうだな。
被弾も抑えられたようだ、まさか……こうなることも予測して?
だとすると――――――なるほど、敵さん、ただのバカじゃなさそうだ。
「……ふう。」
コックピットの中で、<K>はため息交じりの声を出す。
やれやれ……ひとまず安息しよう。
一通り、とりあえずは基礎的な戦術をアタマに張り巡らし、確認できた。
……自分のオツムは、長期にわたる戦いでも、未だイカレちゃいない。
大丈夫、俺はまだ戦える。
そして感謝しよう。
久々に大物と出会えた気がした、
今この瞬間に、顔がニヤけた。
「K」は再びミサイルを構えた。
コックピットの中、
口元は、
確かに歪んでいた。
そしてそのまま、
狙いを上へと定める。
今ここで、
狙う獲物はただ一つ。
―――ミサイルロック開始―――
1、
2、
―――一つずつ、ミサイルがアイツに目標を定めていく。
定期的に連続され、発信される電子音の、その中で―――
3、
4、
―――俺は笑っていた。間違いなく、笑みを浮かべていた―――
5、
―――アタマでもおかしくなったんじゃないかと思う。
……ただ、あの時感じた………
笑っていたとき、感じていた、
確かな「何か」は未だ覚えてる―――
自分でも良くわからなかったんだ。
ただ……あんな状況で、
笑えないはずが無かった。
笑わないはずが無かった。
俺は楽しかった。
あの時、
それだけは確かだったんだ。
6。
―――ミサイルでの6連射攻撃―――
発射。
右肩後方から、6つの誘導弾が細身のロボットに向かって飛んでいった。
『もうちょっと休憩させろっての。
や〜れやれ……ミサイルってかぃ。ま、そっちがソレなら、こっちも使わせてもらうぜ。』
ビルの上に立つ細身のロボットは、飛んでくるミサイルから「目」を離さない。
軌道を白く描き、6つミサイルは少しずつ近づいていく。
「目」は未だ離さない。
少しずつ、だが確かに、近づいていく。
それに伴い、<K>のロボットもまた細身のロボットに近づこうとする。
ブースターを吹かし、出力最大にして、
その「脚」で地面を滑る。
近づいていく。
『……このへんかな………よっと!!』
細身のロボットは少し屈む。
体勢を前にやり、「膝」を少し曲げる。
―――瞬時、地面を、一気に蹴る―――
飛んだ。
「脚」は伸ばしたまま、
少し「体」を後ろにのけぞり、
「腕」を大きく、真横に開いて、
ゆっくりと、後ろに回転してゆく。
ミサイルは、その細身のロボットの下を通り過ぎる。
後ろへ、消えていく。
ロックの外れる機械音。
熱を圧縮する吸引音。
ゆっくり後ろに回転し「両腕」開いて、
地面に逆さになったその「体」が、
徐々に形を変えていく。
―――ブースター展開―――
ブースターの力で、一気に体勢を立て直す。
「足」を下に、「顔」を上に。
「膝」を曲げ、「体」の前まで持っていく。
「顔」を下げる。うつむく。
「肩」を閉め、「肘」を曲げ、
「右手」を左に、「左手」を右に。
「腕」をその「顔」の前に、覆うようにクロスさせる。
まるで、
胎児のような姿。
―――オーバードブースト発動―――
急加速!!
睨みをきかせた細身のロボットの「目」は、上空から<K>のロボットを捕らえている。
「右肩」後ろにある箱状のものは、上空から<K>のロボットを狙っている。
『今度はこっちの番ってことで、OK?』
通信が入ると同時に、細身のロボットの「右肩」の箱状のものが、開く。
射出。
―――敵ACによるミサイル攻撃―――
ニヤリと笑う。
「左手」で、「肩」の横についているパーツを
トントンと叩くような素振りを見せる。
そして、その箱が3つ連なったような形をしたモノは、
蓋を取るようにスッと開き、
そして、
中から飛び出したのは煙撒く、空飛ぶ守り主。
「…お前の目は節穴か?」
―――ミサイル迎撃エクステンション発動―――
まるで吸い付くように、恋でもしているように、
飛んできたミサイルに抱きつき、
儚い命を共にして、
小さな爆音と共に消えていく。
ロボットはその恋の終わりを見届けることなく、
数多の小さな爆音の中、地面を前進していく。
未だ空を飛ぶ細身のロボットに近づき、
「右手」に持つマシンガンをその進行方向に向けて、
そして、「指」を引いた。
無数に連なる点が、線と成らずに飛んでいく。
―――マシンガンによる反撃―――
『そのEXは本来回避行動に費やす時間を
あえてムリヤリ引き裂き、攻撃行動にまわすためのモンかい。
…いいね、その真っ直ぐ過ぎるひねくれ方。俺は嫌いじゃねぇぜ?』
「喋っている暇があるならもう少し避けてみたらどうだ?
その細身の頼りない身体に、既に幾つ銃創のアクセサリーをつけている?」
『口数、増えてきたねえw 結局アンタも、楽しんでるワケだ。コレを。』
「……あぁ。」
ああそうだ。
楽しいよ。
楽しくて仕方がない。
―――尚も続く空からのミサイル攻撃、
そして自らのロボットから射出される迎撃ミサイル。
その二つが奏でる爆音が耳に届くたび、
ああ、自分は戦っているんだという実感が、
最大値を超えてなおも上昇し続ける。
同時に、
ああ、もう自分には戦うことしか残っていないんだという、
悲しい現実を見せられていた気がした。
それでも楽しければいい、
そうも思っていた。
未だ降り注ぐミサイル。
自らのマシンガンによる攻撃は既にほとんど無意味で、
最早完全に“弾の無駄”に成り下がっていた。
ミサイル迎撃装置が作動しているとはいえ、
その幾つかは迎撃を逃れ、
この「身体」に黒い傷を負わせていた。
これといった活路が見出せないでいたのは事実であった。
『<K>…戦況は、膠着しているようですね。』
「うむ……ただ、あまり妙に動きたくはないのだ。」
『何故です?』
「わからないか?まぁお前には見えないし、わからないとは思うが……。」
『?』
「ヤツの装備しているEXは何だか分かるだろう?」
『えっと……追加…ミサイル………?…え?まさか……。』
「そうだ。…使ってないんだよ。」
『つまり……ヘタに動くのは危険、というコトですか?』
「ああそうだ。…ただ―――。」
『…ただ、何でしょう?』
「あえて“相手の考えている罠にはまる”というのも、面白いとは思わないか?」
『面…白い?<K>あなた何を言って―――
オペレーターの話が終わる前に、俺はもう動いていた。
コイツが何を考えているのか。
コイツがしようとしているのは何か。
コイツが俺をどう陥れようとしているのか。
俺は気がかりでならなかった。
こんなに戦っていて楽しいと思ったこと、
こんなに魂を揺さぶられると思ったことは、
なかった。
だから、楽しみで仕様がなかったんだ。
俺は
コイツの罠に
ハマりたい。
ミサイルが飛んでくる。
迎撃装置がまた飛び出す。
次に来る繰り返しのその瞬間を、俺は待ちわびていた。
すぐさま「左腕」を構える
オレンジ色の刀身が、鈍い音を立てて伸びてくる。
同時に「右脚」で地面に蹴りを、
「背中」から炎を、
「身体」に空を。
飛び立つ。
―――ブレード攻撃による迎撃体勢―――
そしてどんどん近づいてくる細身のロボットめがけ、
「左腕」を振りかぶる。
振ろうとした、まさにその時―――
『お前の目も、節穴だ。』
“ドッ”という重低音が聞こえたかと思うと、
機体に大きな衝撃が走った。
振りかぶっていた「左腕」は大きな爆風で吹き飛び、
いつの間にか「身体」の後ろ側に回っていた。
今まで上昇していた機体は何故かもう下降状態に陥っていて、
あまりの急な出来事に即座に対処することが出来ず、
気付けば地面はもうすぐそこだった。
姿勢自体がそれほどまでに崩れていなかったのを幸いに、
すぐに「両脚」に力を入れるようにし、
程なく来る着地の衝撃を少しでも和らげようとした。
「(…何が起きた?あの爆風…かなりの衝撃が急に……?)」
『あいにく火器管制装置が制御しているのが
右手と肩武器だけっつー時代は、とっくのとうに終わったんでね。』
―――敵AC左腕武器:投擲銃、着弾―――
その細身のロボットの「左手」に見える小さな銃。
その銃口からは小さく大胆に、煙が上がっていた。
大きな音と共に、着地する。
「膝」を少し曲げ、急に来た衝撃を和らげようとするも、
硬直する形になってしまうのは
避けられようもない事実だった。
そしてそれがたったの1、2秒だとしても、
その一瞬が命取りになることは、
誰よりもこの二人が知っていることだった。
そしてその一瞬、「頭」を上にして、
メインカメラを相手に向けて見えたものは
EXを作動させていた、細身のロボットだった。
響く轟音。
走る戦慄。
けたたましく響く重圧の先、
メインカメラの写る先にあったのは
細身のロボットを取り囲むように舞っている、
大量のミサイル。
30発は軽々と超えるであろう、その数。
―――敵ACによるミサイル一斉射撃―――
『残り全部、くれてやるよ。』
その矛先は、すべて俺に向けられていた。
『<K>!!』
「なるほど…今まで続いていた、威嚇程度のミサイル攻撃はこのためか……」
ヤバイ。
『迎撃装置は……弾数が、無い…!?』
「そうだ。完全に無いワケじゃないが…もう少ない。」
この状況が、
「これだけの数を迎撃するミサイルはもう残ってないな。」
『そんな…悠長に言っている場合ではないでしょう!!』
俺には、
「……さて、どうやって切り抜けてやろうか、
カンタンに避けたり、ビルか何かを盾にするだけじゃあ、面白くない…。」
『あ…貴方、何を言っているんです……?』
とんでもなく、
「最も相手の虚を突くような行動が、
この場合、最善、最高だ、フフ……フフフ………!」
『<K>……<K>…!!!』
楽しくて、しょうがない。
目の前に広がる風景は、
敵の周りを取り囲むようなミサイル郡。
キレイに下の一部だけ切り取ったような円形をしている。
その形を崩すことなく、
少しずつその円の直径を小さくしながら
少しずつ密集していくように
そして此方に我先にと、
強欲な音を立てて近づいてきていた。
敵の周りを取り囲むようなミサイル郡は、
俺の周りを取り囲むように着弾していくだろう。
当たれば命は無いとは思うのだが――――――
……待てよ。
………「取り囲むような」………?
なるほどね。
相手の虚を突くような最善の行動、
相手の虚を突くような最高の行動が、
瞬時に脳裏に刻み込まれた。
「前進する。」
『…え?』
「このまま相手に突っ込むと言っているんだ。」
『!? 貴方、何を考えているの!?わざわざ死にに行くの!?』
「違う。」
『違わないわ!!お願い、無茶な真似しないで!!下がって!!』
「逆だ。下がれば逆に、危険だと言っているんだ、俺は。」
『逆に……危険、ですっ…て?』
そう、
取り囲むように迫るミサイル。
つまり、簡単にわかることは
そのど真ん中は安全だってことだ。
無数の軌跡を描いて飛ぶ数多のミサイルは、
ただ一つの目的を遂行するために、
ただ一つの目標を爆破するために、
その生きる目的を全うするために、
死を持って、そいつに向かっていく。
爆音。
爆音。
爆音。
無数の爆音が響き、響き渡り、
重低音のオーケストラを奏でていく。
アスファルトはえぐれていき、
ビルの窓は音の波に乗せて割れていく、
まるでその演奏を祝福するかのように。
アンコールが鳴り響くことなく、
そこに残っていたのは、
ただの煙の塊だった。
『楽しみ過ぎて気ィ抜いた、アンタの責任だぜ?
こんな単純な手に―――
「そこから先は俺から言わせてもらおうか。」
雷雲のようなどす黒い煙の中からまず現れたのは、
橙色の棒状の光。
次に、血よりも赤い小さな一つ目。
「左腕」。
「頭」。
「身体」。
そして「脚」が見えるより先に、
「左腕」は動いていた。
―――ブレード攻撃―――
その一太刀は
新鮮な野菜に包丁を入れたときの
心地良いあんな音に聞こえた気がした。
そしてそれを耳にしたのだと知覚したとき
既にその「身体」は
地面めがけて吹っ飛んでいた。
ドスン、という音が響いたら、
次は空を見上げていた。
その中心に見えるのはアイツだ。
すると目の前がチカチカと光り出して、
こちらに何やら雨が降ってきたのが見えた。
―――雨?
降ってきたのか?
うだるくらいに日が差して、
心地の良いほど暑苦しい晴れだったはずだ。
……雨じゃない!!!
―――マシンガン掃射―――
敵の知覚外。予想外の行動の後、
状況を処理している間に徹底的な猛攻を仕掛ける。
敵のおつむが冷静になる前に、混乱状態になっている間に
撃破してしまうという、敵の心理を突く戦法がある。
そのような状況になることがあまり多いわけではないが、
戦法として効果的であることは確かで、また基本でもある。
特に目の前にいる、自分の実力に自身があるような
余裕しゃくしゃくのヤツに特に効き目が高い。
目の前にいる余裕しゃくしゃくに寝そべるヤツに、
多くの弾をありったけ、とにかく、バラ撒いていく。
今は此方もあまり深く考えず、
相手が体勢を立て直す前に攻め続けて―――
そう思った直後。
寝そべっていた細身のロボットが『回転』した。
『回転』―――
それは寝ている姿勢から横に転がるという、
安直な動作(といっても、機械操作な訳だからそれも簡単な操縦でもなく複雑だが)
ではなく、『回転』――――――。
寝ている姿勢から『腰』を地面から少々上げる。
同時に『腕』を『体』の上に持っていき、
『右手』と『左手』は持っている銃の先端を地面に付け、
ブースター点火と同時に『膝』を曲げる。
まるで「橋」のような姿勢のまま『足』もまた地面に付ける。
ブースター最大出力と同時に
地面をまた、そのまま大きく蹴っていく―――。
―――敵ACによる回避行動―――
機体は大きく、また素早く、
『頭』を中心に弧を描いていく。
『脚』が空へ向く。
ブースターの炎は瞬時に消え、
曲げていた『肘』を一気に伸ばし、
銃口で地面を押す。
飛ぶ。
「宙……返り!?」
そんなことを
ACで…!?
両サイド、ビルに囲まれているという
細い一本道の地形。
仰向けになっている姿勢から、
集中的な空中砲撃は
対処が非常に限られる。
セオリーとしては、
その姿勢のままブースターを点火。
上昇する力を利用して
そのまま地面を這うように後ろへ移動、
ある程度の距離まで逃げたら
少し飛んで体勢を立て直し、
反撃あるいは追撃を回避する…。
しかしこの場合、
地面を這うときに
摩擦により機体の背面部への損傷が
大きい場合がある。
最悪の場合、ブースターが破損する
恐れもある。
宙返り…。
素早い動きと同時に
こちらに瞬時に振り向ける。
着地に手間取っているこちら側に
反撃出来るチャンスも生まれる…。
発想の…根本的な問題……
大馬鹿のような発想力と、
天才的な操縦センスの為せる技…!!!
<敵の知覚外。予想外の行動の後、状況を処理している間に徹底的な猛攻を仕掛ける>
俺は今、敵の予想外の行動に
着地の振動緩和のための
ブースター点火を一歩、遅らされた。
ズシン…という鈍い音と共に
機体のバランサーが大きく働く。
体勢を立て直すのに時間がかかる。
1秒ほど…わずかな時間であるのは確かだが、
今はその1秒で、死の危険がある。
目の前の細身のロボットはいつ着地したのだろうか。
音も出すことなく優雅に地に『足』を付けたそいつ、
その『両手』に握られている銃の口は、
今度は地面ではなく、
紛れも無く俺に突きつけられている。
そう、
逆手に取られたのだ。
『<K>、あぶないわ!!』
AC3体分ほどの距離しかない、その先にある
今にも火を噴いて来そうな、その銃口。
選択肢を考えるんだ。
横に……避けれはしない。地形を見ればそれは明らかだ。
後ろに……下がるか?いや、機動力の差で負ける。
こちらが引いても、追いつかれる。
弾幕を張ったとしても、当たるような気はしない。
おそらく空へ飛ぶだろう。
上……長くはいれないだろう。
さっきまで空にいた俺の機体は既に、
ジェネレーターのエネルギー残量が危ない。
それに今は…ヤツの方が長く飛べるだろう。
後ろか、上……今は、この2択で収まるはず。
どちらも相手が前進すれば、
相手が優位な状況に立てる…ということか?
ならば答えは出た。
「前へ出る。」
『えっ!?貴方、また何を…』
「前へ出る、と言っているんだ。」
ブースター点火、
瞬時に「身体」が前へ出る。
たった、これだけの距離…。
相手にたどり着くまでに、
時間など必要なかった。
「…裏の……裏…ッ!!」
ああ、そうさ。
逆手に取るのなら、
また逆さにしてやればいいだけだ。
―――ブースターによる高速移動―――
『なっ…!マジかこいつ…ッッ!?』
予想外の行動に出られた細身のロボットは、
一瞬だが、動きが止まる。
時間すら必要の無いこの時に、
一瞬は致命的な時間の長さへ繋がる。
彼は発砲することすら忘れた。
たった一瞬のことだったが、
彼は、敵を撃つ事が出来なかった。
『すごい…あの状況から、またこうして……』
「…さぁ、そろそろ、<詰め>させてもらうぜ。」
―――敵ACの防御行動―――
細身のロボットは
とっさに「両腕」を伸ばし、
「右腕」を左のほうへ、
「左腕」を右のほうへ、
それぞれを前に向かせ、クロスさせた。
相手のロボットがこちらへ攻撃を仕掛けても
最小限―――「腕」だけ―――のダメージで済むように、
また少しでも早くあちらへ攻撃が届くように。
―――対防御行動―――
こちらのロボットは前進したまま、
「腰」と「膝」を少し曲げて、重心を低く取る。
「右肘」を曲げ、「右手」に持つマシンガンを
細身のロボットのクロスさせた「腕」の内側…
そこに少しだけ空く<隙間>を通して、銃口を「首」へつきつける。
それと同時にブースターを切り、止まる。
細身のロボットの2つの銃口は、
こちらのロボットの「頭」を挟んで、左右にある。
仮に発砲したとしても、その弾丸は当たることなく後ろへと消えていく。
―――<詰め>を迎えた、その時…。
何故、すぐに私は発砲しなかったのか。
何度も奇想天外な行動で、立場を逆転させるお前の才能に
畏怖していたのだろうか。
それとも、ここで殺さずにこうして共に戦う仲間となることを
あの時、既に私が望んでいたのだろうか。
今となってはもうわからないし、
そんなことはどうでもいい。
そして、この揺ぐことのなかったこの状況を打破したのは、
またしても、お前だったよな―――
通信が入ってきた。
『なぁ…ひとつ、聞いていいかい?』
「………?」
それは意外にも、目の前で「首」に銃口をつきつけられている
搭乗者からのものだった。
その時は、もはや今までの奇抜な行動に
度肝を抜かれ続けている私にとって、
意外でも何でもなかったのだが。
『俺のミサイル一斉射撃…どうやってかわしやがった?』
それは、本当に不思議そうな声をしていた。
戦闘中盤での、コイツが仕掛けてきたあの攻撃。
打開されたことが本当に悔しく、また不思議で、
それは尊敬にも似た自信の喪失からくる賞賛、そして疑問なのだろう。
『全く、俺はあの攻撃でどれくらいの弾費用を無駄にしたと思tt
「発射された弾道だ。」
『……は?』
私はあの攻撃のときの状況、
あの攻撃のときの判断を思い出し、語る。
何故だろうか、あれほど強く握っていた
「右手」に持つマシンガンのトリガーを司る私の右手の人差し指は、
自然に(この状況で自然という言葉はとても不自然なのだが)力がすっと抜けていた。
「発射されたミサイルは一度…お前の機体を中心とした円の形で止まるだろう?」
『まぁ、確かに…でもそれは長い時間じゃない。』
「とっさに時速300kmを軽く超えるACの前に、長い時間は必要ない。
お前のACから発射されて、お前を囲むように一度止まった。
ミサイルはお前を中心として、外側に膨れるような軌道を描いてこちらに向かう。
ならば話は早い。お前に近づけば近づくほど、被弾率は下がるんじゃないのか?」
『……お前は…それを…一瞬で……判断した…?』
「そういうことだ。」
『…あの攻撃を見て、前に来たやつはお前が初めてだよ。』
「だろうな。」
『―――……。』
会話が止まる。
静寂が始まる。
『<K>…何をしているの?』
――――――そうだ。
俺は何をしているのだ。
話している場合ではない。
そうだ、この引き金を引くんだ。
直ぐに戦いを終わらせるために。
いつのまにか力が抜け切っていたその右人差し指に
力を入れようとしたその時―――
機体に強い衝撃が走る。
「―――!?」
な…何だ?
前から強い衝撃…いや、強いというより
急に前から<押された>ような感覚。
細身のロボットは目の前のロボットの「顔」を挟んでいる自分の「両手」に力をいれ、
離れないように押さえつけ、そのままブースターを吹かす。
「上半身」ごと、力を入れた「腕」を前進させる。
一瞬ののち、すぐさまブースターを解除。
前に移動した重心を調整するため、
「右脚」を前にやり、そのまま地面を「かかと」で蹴る。
少し後ろへ飛ぶ。
―――敵ACによる<押し出し>―――
相手の「両手」に挟まっているはずの機体が、大きく後ろへ<押し出され>た。
バランスが崩れ始める。
とっさに浮いた「右脚」を後ろへ引いて、地面へ付け、踏み締める。
メインカメラに写ったのは、
少し地面から「両脚」を離した細身のロボット。
その「両腕」はクロスさせたまま、
だがしかし、その「両手」に握られている銃の口は、
今度こそ確かに、自分へと向けられていた。
その銃口から、火が吹いた。
パチパチとした光がカメラに写る。
―――敵ACによる両手同時射撃―――
「―――まずい…!!」
俺が、
とっさに取った
行動は――――――
「うおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」
乱射、
乱射、
乱射、
乱射―――!!!
自分がもつ、ありったけの弾を全て注ぎ込むように、
そう、あの攻撃と同じように。
両手のトリガーは離さない。
離してはいけない。
とうとう巡って来た、自分の攻撃のチャンス。
あまりにも長く、
耐えに耐え、
逆転に逆転を重ねても
決定的に巡って来ることは、ずっと無かったのだ。
無駄には出来ない…!!
今なら確かに聞こえる、マシンガンの弾の当たる高周波の連続音。
投擲銃の一発一発の爆発と、低周波の爆発音。
…その爆破による爆風と煙で、今は前が見えないが―――
確かに感じ取れる。
この音。
メインカメラに写るこの映像。
間違いない。
間違いなく、そこに<当たっている>―――!!
止めるな。
……止めるな!!
弾幕は尚も続く。
その確かな手ごたえがなくなるまで
撃ち続けてやる。
コイツはどんなときでも
こちらに巡って来たチャンスをひっくり返してきた。
どんなに返しても、また返されて、また返しても、またまた返された。
そう、
その確かな手ごたえがなくなるまで、
決して撃ち続けることを
俺はやめない―――ッ!!!
ズドン。
―――????????―――
……?
何だ、今のは……。
投擲銃の弾丸から発せられる、
爆発の重低音とは明らかに違う音が、一つ。
聞き間違い?
トリガーを引き続け、ハイになっていた俺の勘違い?
この状況で相手に何ができるっていうんだ?
迷いは消え、撃つ事だけを考えていた俺に訪れた、
一つの冷静と、
一つの迷い。
すっと、両手人差し指の力を抜く。
同時に「両腕」を少しだけ降ろす。
メインカメラに写る「両腕」は消えて、
代わりに現れたのは目の前の光景。
奏でられていた弾丸のハーモニーは消えて、
代わりに現れたのはまたしても、一瞬の静寂。
メインカメラに写っているのは、
立ち昇る無数の赤黒い煙だけ……
…だった。
その中から現れたのは――――――
『……ぅわっっってぇぇ!!』
―――敵AC、被弾。2部位破壊―――
細身のロボットはその爆発弾が直撃し、
爆風をもろに食らうこととなった。
「左腕」がもげた。
「頭」が飛んだ。
「―――やれやれ。
今度こそ、チェックメイト、といったところか?」
<K>は自分のロボットを発射体制から整える。
「肩」のグレネードランチャーから「左手」を外し、
「膝」をついていた「右脚」をゆっくりと上げて、
グレネードランチャーを後ろにやった。
その「右手」に握られていたはずのマシンガンは、
いつのまにかその姿を消していた。
『…え?あ、貴方が…勝ったの?<K>……?』
「…そういうことになるな。」
『い…いったい、何が起きたの?』
「……俺が勝っちゃ不服か。」
『いっ、いえっ!違うわ!!そうじゃなくて…何で貴方が…?』
「なんだ、やっぱり不服なんじゃないか。」
『そうじゃないってば!!もう!』
「じゃ、なんだ。」
『私には、わからないわ…なんで、貴方がまだ立っているのか……。』
「………まぁ、俺も――――――
―――メインカメラに写ったのは、
少し地面から「両脚」を離した細身のロボット。
その「両腕」はクロスさせたまま、
だがしかし、その「両手」に握られている銃の口は、
今度こそ確かに、自分へと向けられていた。
この距離での両手同時射撃……
致命傷は免れない。
しかし、それは同時にあちらも同じ危険性を持っている。
この状況を打破し、かつ反撃に移れば、恐らく戦闘は終了する。
しかしこの状況を打破出来なければ、違った意味合いで戦闘を終了することとなる。
この距離、
この状況…。
多くの武器は必要としないのであれば――――――
俺がとっさに取った行動は一つ。
―――右手武器:マシンガン、パージ―――
「右手」に握られているマシンガンを、
思いっきり真ん前にぶん投げた。
―――メインカメラに写っているのは、
立ち昇る無数の赤黒い煙だけだった。
その中から現れたのは、大きな熱源の塊。
これは、
これは……!!
―――敵ACによる肩武器:グレネードランチャーでの攻撃―――
そんな、
そんなバカな!
俺が今まで撃っていたモノは
俺が今まで感じていた手ごたえは
じゃあ、一体何だったっていうんだよ!?
回避に移る時間なんて無い。
すぐさま移った行動は、
「右腕」で自分をかばうような動き。
それでも自分をかばいきることなど出来ず、
動き始めて直ぐの「右腕」に弾丸が当たる。
同時、大爆発。
機体に耐え難い巨大な衝撃。
トリガーを引き続け、ハイになっていた俺の勘違い。
いや、俺はハイになっていたんじゃない。
巡り巡って、やっとやってきたチャンスに、
ただただ焦ってしがみついていた、
冷静さを欠いた俺のミス。
その俺の精神状態すら予測して、
こんなような攻撃に出ていたとしたならば、
間違いない。
コイツは揺ぎ無い、
間違いなく<天才>だ。
―――戦闘、終了―――
「まぁ、俺も―――よくとっさに出来たと思ってるよ。」
『いや、それ答えになってない……。』
―――グレネードランチャーの爆風の中から現れたのは、
ビクビクと大きく、小刻み―――いや、大刻みに震える
目の前の頭と腕のもげたロボットだった。
『……あ〜あ〜あ〜あ〜…随分とアワレな姿になっちゃったなぁ…。』
「…やはり、まだ生きていたか。」
通信が入ってきた。
声の主は、この超至近距離からのグレネードランチャーによる砲撃を
その細身で真正面から食らっているのにもかかわらず、
未だ立っているモノを操るアイツの声。
「この距離で…よく木っ端微塵にならないもんだな。」
『いや〜、ラッキーだっただけだよw
…それよりお前だよお前!!』
あの距離での砲撃で形をここまで留めるなんて、
ラッキーという一言で片付けられるワケがない。
そんな俺の考えなど無視して、「頭」と「右腕」がもげたマイペースなヤツは尚も喋り続ける。
『ったく…何度も何度も状況をひっくり返しやがって。
戦いづらいったらありゃしねぇっつーの!!全く、お前ってヤツh
「…楽しかったろう?」
『―――へ?』
―――何故、そんな言葉がとっさに出たんだろう―――
「戦況の反転を転々と繰り返し、逆転を逆転で返し続けたこの戦い。」
―――何故、そんなに笑顔で話していたんだろう―――
「一瞬が勝敗を分けるような判断の連続、そこで繰り出される想定外の行動の連続。」
―――何故、こんなにも口が回るのだろう―――
「牽制攻撃など存在しなかった後半戦、繰り出される攻撃は最低限の隙と最高の威力。」
―――そして何故、俺は今まで死闘を繰り広げていたアイツに、
こんなにも親しく話しかけていたのだろう―――
「そしてどちらかの最期を決めたのは、長期戦にわたる磨り減った精神からくる、ただの<焦り>…。」
―――答えはきっと、この戦いの最初から出ているのだろう。
そう、俺はただ―――
俺はただ、コックピットの中、少し笑って、最後にこう聞いた。
「俺は楽しかった。お前はどうだ?」
しばらく間が空いて、
笑い混じりの通信が入った。
『―――楽しくないわけ、ないんじゃん?』
アイツは続ける。
『ここまでアツイ戦いは初めてだったよ、俺は全てを…
いや、全て以上を出したつもりだ。負けて悔いはねぇよ。
まぁ、一つあるとすれば……まぁ、こりゃ言わんでいいや。』
とても楽しそうに、しかしどこか悲しそうに、彼はそう言った。
そして、おもむろに残った武装―――左手武器を地面に投げ捨てる。
ズシンという重い音がしたかと思うと、相手の「左脚」が上がっていた。
その「足」は、落ちた投擲銃の上から勢い良く落ちる。
ドシャ、という鈍い響き。
足元で少しの爆破。
落ちた「足」は戻すことなく、投擲銃を踏み潰している。
その手のものを投げ落とした「左手」が、今度は上へ行く。
「腕」のない「右肩」もまた、上へ向いている。
最後に、「左手」の「指」を一本一本、開いていく。
『一応、両手上げてるつもりなんだけどねーww』
彼は笑いながらそういうと、急に声を落として続けた。
『…降参だ。煮るなり焼くなり、好きにしな。』
「……そう、だな。」
白い人型ロボットの「右腕」が前に出る。
「右手」に持つマシンガンが、目の前の重傷者に向けられる。
トリガーに「指」がかけられる。
「……ひとつ、聞きたいことがある。」
この状況で口を開いたのは、意外にも俺だった。
『…へ?』
こいつも同じく意外だったのだろう。
どっから出しているのかわからん阿呆な声が通信を介して入ってくる。
俺はコイツに、俺の抱いた疑問をぶつける。
「ただ一つ、悔いがあるとするならば…それは一体、何なのだ?」
『……それ、聞きたいの?』
「ああ、そうだ。」
『…っへへ、高く付くぜ?』
「いくらでも払ってやろう、金ならお前から取ればいい。」
『ごもっともなことで…。』
「…払ってもいい、お前のようなワケのわからんヤツの考えは、
それほどの価値がある」
『それは…誉めてんのか何なのか……。』
「……聞かせてくれないか?」
『………。』
少しの間、沈黙が続く。
そして、返ってきた。
<答え>が。
『…あんたと、共に戦いたい。』
「…?」
『あんたの仲間となって、俺はあんたと共に戦いたい。』
俺は、何を言い出されても―――
―――驚かないような心構えは
しているつもりだった。
それでも、
上辺じゃなく心からの言葉は
こんなにも響くものなのだろうか。
こんなにも
心を揺さぶられるものなのだろうか。
あの時は、きっと
ここまで「人間味」というものを感じたのが
生まれて初めてだったのだろう。
俺の中で渦巻いた
その色々な感情は
不器用に表現されて
始めは「驚き」という形でしか
表に出せなかったのだろう。
後々になって効き始めたお前の言葉は、
やがて俺を素直にさせてくれた、
まぁ、最初の言葉が言葉だっただけに、
急な変化で戸惑っただろうけどな―――
―――驚かない覚悟をしていた…
つもりだった。
「……お前は…心底…バカなのだな。」
そんな言葉が、すっと出てきた。
『…ッだぁーーーーーーーーー!!バカってなんだよ!!
あーッ!恥ずかしい!!恥ずかしいですよぅ!!!!』
「ぐあぁ!耳g
『てんめぇ、「聞きたい」とかスましておきながら、
結局は「バカなのだな」ですかい!!うー!!あー!もー!!!アモー!!』
「だ、ちょ、ちょっ、落ち着k
『うううううぅぅ、言わなきゃ良かったよ全く!
こんなにミジメな思いするくらいならさッ!』
「いや、だから聞けtt
『だぁー!!もういいさ!殺すがいいさ!ホぅラ、さぁやってごr
―――右手マシンガン(考えも無く)(ウザイんで)乱射―――
バババババババババババババババババババババババババババババババ………
『ギャース!!危ねぇー!!!』
「……(死ねばいいのに…。)まぁちょっと聞け。」
煙吹く銃を持つ「右手」を降ろし、俺は続ける。
「…俺もだよ。俺も戦いの最中、そう考えていた。」
『…へ?』
また、どっから出しているのか、阿呆な声。
「…楽しかった。本当に、心から楽しかった。
敵であることが惜しいと、本気で思ったよ。
…お前が望むのならば、俺もそうしたいと思っていた。
やれやれ、全く、お前のどうしようもないバカ加減が
この戦いで移っちまったよ。」
『……っへへ、そりゃあどうも。』
「…戦いたいさ、俺も。
お前が味方ならば、これほど心許ないヤツはいない。」
『…誉めてなくね?』
「……面白そうだってことさ。
―――オペレーター、聞いているか?」
通信を切り替える。
『…聞かせていただいていますよ、始めからね。』
即座に返答が来た。
それも、今までに聞いたことが無い声色で。
どうやら彼女、相当呆れ模様のようだ。
…ま、そんなこと想定内だがね。
「どうだろう?この敵としてやってきたバカを、
クレスト専属として引き込んでやってくれないか?」
『ふぅ…貴方、本当に予定できない人なのね。』
「それがもう一人増えるだけだ。
大した差はあるまい?」
『99%、無理であることは承知の上よね?』
「その1%をどうにかできる2人…
いや、3人だということも知っているだろう?」
『ふふふ……そうね、そうかもしれないわ。
それに………。』
「……何だ?」
『全てが予定されたこの狂った世界に、
貴方達のような存在が必要なのかもしれないわね。』
…そうかもしれんな。
確かに、俺とアイツならば、
こんなろくでもない世界を変えられるのかもしれない。
…興味、無いがね。
「…試みてくれるそうだ。」
『………ッハッハ…言ってみるもんだねぇ。こういうのは……覚えておこうw』
―――後からわかったことがある。
フリーのレイヴンとして働いていたお前が、
紛い物のIDを使用していたこと。
何処から手に入れたのかなんてお前は教えてくれないし、
そんなことに興味はなかった。
ただ、
なんでそんなものを使っていたのだろう?
お前はそれも教えてくれなかった。
居場所が欲しかったのか?
あの女のように――――――
通信。
『あぁ、そうそう。』
「…何だ?」
『一応、手を拘束しておいて。
何されるかはわかったもんじゃないから。』
「…フフフ。」
確かにそうだ。
コイツが何をしでかすかなんて
わかったもんじゃない。
でも今は、
コイツが何をしでかすかが
わかるような気がした。
「さて…とりあえず降りてきてもらおうか。」
『へ〜へ〜、これから働くことになる本社に、
まずは監獄から見学ってワケかい?』
「その通り。もちろん手錠という通行許可証は忘れずに持たせるがね。」
『あらあら、意外と安く済んでしまうんですねー?
お前の会社は大丈夫なんかねぇ?』
「バカ言うな。これから俺とお前が勤める会社が、
大丈夫であるハズがないだろう?」
『ッハッハッハ!!確かに!言えてるよなぁ〜!!』
「フフフ…。―――さて、何か言い忘れたことはないか?」
『そうだなぁ〜………』
そして、細身のロボットの操縦者は、
大切なものをいたわるように、
「右腕」と「頭」の無い姿を晒したまま、
笑い混じりに、
悲しそうに、
こう言った。
『…俺のACが2度と、こんな姿になるのはゴメンだね。』
「戦いなんてのは、
いつも最後に残るのは虚しさだけ。
生き延びるぐらいならいっそのこと、
死んだ方が楽なんじゃないか。」
まだこの時、
俺はそんなことを思ってはいなかった。
人と接すること。
魂を分かち合うこと。
それが
こんなにも楽しいものだったなんて、
俺は知らなかった。
しばらくしてアイツは
2度とゴメンだと願った姿に再びなった時
俺を残して死んでしまった。
アイツと死別してからも
そんな楽しさは
また忘れてしまっていた。
今、目の前にいる
この女に出会うまでは――――――。
「…引き金を引く前に、最後に聞いておきたいことがある……。」
『………何?』
「まだ、名前を聞いてなかったな…。」
作者:アヴァンギャルドさん
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