サイドストーリー

Guardian 01-紅い誓約
「これは・・・どういうことだ?」
僕は思わずそう呟いていた。
目の前には我が部下達の操る二つのACの残骸がころがっている。
ただの鉄塊と化しているそれらは、もう使い物にならない。そしておそらく中の二人も生きてはいないだろう。
愚かな奴らだったが、『あのお方』にだけは忠実だった。
別にこいつらが死んだことに対しては何も感じないが、問題はこいつらの任務だ。
あのお方への扉を守護する我ら実働部隊の中でも最も重要な大役を任されていたこいつらがやられている。
実働部隊の中ではリーダー格である僕でさえこの目を疑う。
こいつらの個々の力は僕よりかなり下だが、二人のコンビプレイはなかなかのものだったはずだ。この僕でも多少苦戦する程に。
それをここまで打ち破るとは。僕と同等、いや、それ以上かも知れない。
それ程の奴はアリーナとかいうバカげた遊びの中にもいなかったはずだ。
だが許せん。こうも大敗するのだったら何故あのお方への扉を守るのだ?
この僕があのお方を守りたかった。そうしたらこんなことにはならなかったのに。あのお方は人選ミスをなさったのだ。
とにかく全力を持って対処すべきだ。
僕はACを操作して奥の扉を開けた。そして、そこには驚くべき光景が広がっていた。
なんと、あのお方が住まわれる柱の上部がほとんど吹っ飛んでいるではないか。
機器も大半が破壊されているし、戦闘の跡がありありと残っている。
あのお方が『孵った』ことは知っている。最近の新聞の記事はそのことばかりだったからだ。
あのお方が目覚めると、ACなどものともしない。ただ『声』を発するだけで壊されるのだから。
しかし、何があってもあのお方はここから離れたりしないだろう。
住居区や都市に向かって行き、全てを滅ぼしてもよかったのだが、あのお方はここを絶対に守るはずだ。
いや、守るのではなかったな。壊すためにだ。全てのデータをデリートし、レイヤード自体をも無くす気でいたのだ。
もちろんあのお方が実際にそのような行動に出たとしても、僕は一向に構わない。
逆に加勢し、レイヤードの壊滅を手伝うだろう。地上を捨てて地下世界に生き延びたバカ共など生かしておいても何の役にも立たない。
僕の全てはは常にあのお方の物なのだ。あのお方のためならば僕はこの命を捧げてもいい。
それが、ここにあのお方はいない。
なぜか?
すぐに答えは出た。
愚かな部下を倒した何者かだ。そいつがあのお方を殺したのだ。
わかる。あのお方がいなくなったから、世界はこんなにも寒々としているのだ。
だがどうやって奴はあのお方を?
・・・どうでもいい。どうだでもいいのだ。
あのお方がいない人生に何の得がある?
所詮奴を殺したとしてもあのお方は生き返りはしない。
あのお方は僕が心中してくれることを祈っているのではないか?
今ここで、あのお方が亡くなったこの場所で・・・死んでみるか?
僕の体内にはキサラギとかいう企業が秘密裏に作り出したあるチップが埋め込まれている。
その力を発揮すれば、この腕で自分の頭を潰すことも不可能ではない。
その力のためにいろいろなものを無くしてしまったが、失ってはならないものはあのお方のみだったから、何とも思わなかった。
そしてその大切な、自分よりも大切なものが無くなった。
僕はヘルメットを外し、左手で自分の顔を覆った。
ゆっくりと指をめり込ませてゆく。ずきずきと痛んできた。
もうすぐだ。もうすぐあのお方のいる所へ行くことができるのだ。
口元が笑みをこぼした。
だが突然、僕の脳内にしか響かない音が聞こえた。正確には感じ取ったのだが。
そしてそれが何なのか僕は知っている。あのお方が指令を下さるときは僕達実働部隊のチップを通じて囁きかけてくるのだ。
僕は唐突なその音に、慣れてはいたのだが、驚いた。
その通信はいつも場所・時間・任務の三点を告げると終わりだ。
それも機械的な声で。僕はあのお方が人間であることを知っている。だからこそ崇拝するのだ。
しかし今回は、いつもとは全く違っていた。
「・・・聞こえますか?このメッセージはこの部屋に入ったら送られるようにしてありました。これが最後の通信です。
これをあなた達が聞く頃には私は存在していないでしょう。
私が暴走し出したときのためにこのメッセージをコンピュータに吹き込んでおきました。
そして最後の指令です。
『生きてください。最後まで』。
・・・今からチップの活動を停止させます。そうすればあなた達は普通の人になることができるでしょう・・・さよなら」
その声がゆっくりと告げた
頭の奥でブツッと音がし、僕の中でチップが停止した。みなぎる力が抜けていくのを感じる。左手は既に下ろしていた。
5年ぶりの普通の体の感覚は、極めて不快だった。
それでも、僕の両眼からは絶えず大粒の涙が流れ落ちる。あのお方が、あのお方が初めて僕に本当の声を聞かせてくださった。
その喜びに体の不快感もあまり気にならない。何もかもがどうでもいい程だった。
そして、一つわかったことがある。あのお方は僕に指令を下さった。
『生きよ』と。
もちろん、あのお方は僕の心を見透かしているのだから、そういう遠回しな言い方をしたのだ。
僕にとって『生きる』ということはあのお方のためだけに生きること。
そのためにはまず最初に何をすべきか。
決まっている。
奴を。
奴を殺すのだ。
そしてその首を捧げよう。
この場所に。
僕はパイロットスーツの胸についているナンバープレートを引きちぎった。
傍に置いているナイフを手に取り、腿に刺した。激痛が走る。しかし、今の僕には何も感じない。
そのまま血糊を指に付け、ナンバープレートに僕の名前と文を赤い文字で書く。
ハッチを開け、コクピットから手を出し、投げ捨てた。
それにはこう書いた。
『ネーム:053 あなたのためだけに生きることを誓う。最後まで』
ネーム:053。僕の名前だ。
あのお方から授かった、唯一の物だった。
作者:Mailトンさん