サイドストーリー


Nonfixion -恋心はウソつけないっ!



―――歓声沸きあがるアリーナ。



庶民から上流階級の人間まで、同じ視点で盛り上がれるその"娯楽戦闘"は、
開催当時からあらゆる人に愛され続けてきた。

ただその戦闘を見て楽しむ者。
どちらが勝つかを賭けている者。
個人のレイヴンのファンとして勝ちを望む者。
自らは決してそこに立つことは無い低俗な物として見る物。
そして、報奨金とランクアップを目指しACを駆る者。

その全ての者が等しく盛り上がり、そして落胆する瞬間は皆すべて同じ時。
勝敗を決した時である。

その今、
アリーナは最高潮であると同時に最底辺の盛り上がりを見せていた。

車両型の脚部をするAC「カストール」の両肩に背負うパルスキャノンが、
2脚型のAC「アインハンダー」を貫き、黒煙を吹かせていたのである。



その戦績差は歴然であった。

「カストール」はほとんど損傷をしておらず、
"相手の後ろに回る"という得意の戦法で
終始試合を自分のペースに持っていったのである。

対する「アインハンダー」はお世辞にも良いと言えたものではなく、
マルチミサイル・グランドミサイルでの牽制はただの"垂れ流し"に終わり、
ハンドガンも雀の涙ほどの威力でしかなく、
自慢の「MLB-MOONLIGHT」も結局、一撃も当たるどころか振ることも許されず、
その役目を終えたのである。
























「…お疲れ。」

「おぅ〜、おつかれさま〜。」


レイヤード第一層、第2都市区に存在する、グローバルコーテックス主催の「アリーナ」。
その施設内に存在するカフェ「怒涛流」は、ベテランながらアリーナを愛するランカー「ゲド」が中心となって営業している。
中の上ほどの味を安価で提供してくれること、そして何より運営する「ゲド」の人柄の良さ故に、市民やランカーに愛される存在となっている。
現に対戦を終えたレイヴン達は様々な思いを込めて、ここに足を運ぶのである。

勿論、先ほど戦ったその2人も、例外はなく。












レイヴンネーム:フィクサー

搭乗AC:アインハンダー












「いや〜、負けちゃったね…。あ、僕コーヒーで!アメリカンで!」

「…エスプレッソ。ダブルで。」

「今日はかなり冴えてたね、バックブレイカー!」

「……別に、俺はいつも通りだがな…。」












同ランクの他のランカーとは、
明らかに一線を画すセンスの持ち主だが
驚くほど成績にムラがある。












「えー、砂糖砂糖…あとミルク…っと。」

「…お前、さ。」

「ズズズ……ん?何?」

「最近、偉く不調続きだって言うじゃないか。」

「ブバッ!?」












一時は八百長疑惑すら流れたが、
なかなか本気になれないだけだと本人は語る。
機体にも隙が無く、実力を十分に発揮さえすれば、
上位ランカーとも肩を並べられるといわれている。












「おい、汚ぇ。」

「げふっげふ…ご、ごめん、大丈夫?かかってない!?」

「とりあえずテーブルと俺の顔に、万遍ないな。」

「ご、ごめん……。っていうか…やっぱ、バレた…?」

「…当たり前だ。それなりに付き合い長いからな……。」












しかし、実はその"本気になれない"ことに理由があること、
そしてその理由が何なのか、それを知るものはいない。
そもそも一般のレイヴン、ランカーですら、
"本気に対する理由"自体があることすら知らないのだ。
その理由を知るものは僅か2人、
「フィクサー」とランクの近い「バックブレイカー」と「チェーンインパクト」である。












「……と、なると、やっぱりお前、"アレ"なんだな…。」

「う、うん……そうなんだよ…。」












その理由とは、









































「……また、"恋愛"したのか………。」

















"恋"である。



































「…いやぁ、やっぱりバレちゃってたのか。」



先ほど、虹でも出来るんじゃないかというくらい、
口から見事に霧状のアメリカンコーヒーを噴出したこの男、レイヴンネーム「フィクサー」。
"被る"というより"乗せている"といった表現が似合うほど小さな黒いハット。
細身の体に黒い背広、赤黒いネクタイと純白のワイシャツ。
20代半ばと思われる整った顔立ちに少し短めに切ってある金髪と、ぱっと外見は紳士を思わせる風貌である。

…が、先ほどの言動でもわかる通り、物腰が緩く話し方も頼りない。
それに、黒い背広のボタンは糸が解れて取れそうになっており(それが理由かわからないが背広はボタンをとめていない)、
ワイシャツは首をとめず開かれていて、さらに襟の左側だけよれてだらしなく下がってしまっている。

第一印象とその次がこれほどまでにかけ離れられるのは、ある意味才能である。



「…大体、戦闘前から多少様子がおかしかったじゃないか。"集中力散漫"、"上の空"、"心此処に在らず"……いくらでも表現できる状態だったぞ。」



店に訪れた際に<てこずっているようだな…おしぼりを貸そう>と意味不明な言葉とともに渡された布巾で顔を拭う、
先ほど傍から見ればそれはそれは綺麗な茶色のシャワーを顔面に浴びたこの男、レイヴンネーム「バックブレイカー」。
真っ黒なシャツの上に羽織った深い緑色のロングコート。
20代は超えたであろうに見える、常に眉間に皺を寄せた気難しそうな日焼けた顔と、真っ黒のロングヘアー。
顔中がアメリカンにコーティングされようとも低めの声で淡々と喋るその様は、彼が冷静で落ち着いた大人であると容易に想像できることだろう。



「…マジで?」

「マジで。」



フィクサーの服を丸々渡してやりたいくらいの正反対の2人が、どうしてこうも仲が良いのかはレイヴンの間でも少し評判になっているほど。
その経緯は意外にもだらしのない紳士からではなく、バックブレイカーから進んで関係を持とうとしていたらしいのだが、それは今話すところではない。

顔と自分のまわりに散ったコーヒーを拭き取り終わったバックブレイカーは、
その気難しい表情のままテーブルの上にある小さなビンを開け、中に入っている砂糖をエスプレッソに少量入れる。
ちなみに、砂糖は少量でミルクを入れないのが彼の信条らしい。
受け皿に置かれていたマドラーは、どうやらアメリカンのコーティングをされなかったようだ。
そのままエスプレッソの入ったカップに入れ、入念にかき混ぜ始めた。



「………やっぱ、それ絶対かき混ぜすぎだと思うんだけど、バックブレイカー。」

「性分だ。混ぜ足りなくて砂糖が底に残っていたらどうする。イヤだろう。」

「いや、うん。イヤだけどもさ、もう溶けてるでしょ、絶対。」

「だから、性分だ。」



回転させたり、切るように横に往復させたり、すくうように上下にさせたりと、忙しくエスプレッソの中を動き回るマドラー。
たかがコーヒーの砂糖一つ取っても、『非常に慎重な性格で、常に対戦相手の背後にまわり、自分の優位を確保しようとする』という、
彼のアリーナでの売り文句がそのままに体言されているようだ。



「…こんなものか、な。」



ようやくマドラーを置き、コーヒーカップを右手に持ち、口に持っていく。



「………うむ、やはり、ここのコーヒーは中々、だ。」



緊張していた眉間が、少し緩和したように見えたと同時に、彼はそう呟いた。



「おいしそうに飲むよねぇ。僕は苦手なんだけどな、エスプレッソ。どんなに砂糖入れても甘くならないし…。」

「………まぁ、それはともかく、だ。」



バックブレイカーはしばらく口の中に広がる香りを楽しんだのち、フィクサーに目をやる。
多少緩くなったであろう眉間がまた元に戻ったのをフィクサーも見たのだろう。まるで睨まれたかのように感じ、肩をすぼめ、少し萎縮する。
少しずつエスプレッソを楽しみながら、バックブレイカーは続けた。



「…そもそも、大体何なんだお前は。」

「な、何が?」

「"恋愛"すると"本気が出せない"……これ自体が、どうも俺には繋がらないんだよ。成り立たん。」

「そ、それはもう、何度も話したと思うけどさ…。」

「『恋愛すると女の事意外考えられなくなって、試合どころじゃない』…だったか?」

「…うん、だいたいそんな感じ。ダメなんだよ、その子のことばかり考えちゃってさ、ああ、今何をしてるんだろう、会いたいなー、とか…。」



フィクサーは目を輝かせながら、顔の前で指を組む。少し上を見ながら。
まるで今も恋焦がれる人のことを夢見て、考えているようだった。

対するバックブレイカーの目も輝いていた。
こちらは、どちらかというと鋭い眼光のほうだったが。



「……お前、生き残る気あんのか。」

「うぅ…それ言われると、厳しい…。」



ガチャン、と持っているカップをやや乱暴に置き、少し身を乗り出してバックブレイカーは続ける。
それとは逆にフィクサーはどんどん小さくなっていく。



「恋愛をするなとは言わん。ただ切り替えくらいはしろ、と俺は言いたい。」

「…はい。」

「もうハタチも超えた。いつまでたっても一つのことしか捌けないような精神は卒業しろ。」

「……はい。」

「…それで腕前がハンパに立つから余計ややこしいことになっているんだ。一部の人間に八百長だの何だの騒がれていることも知っているだろ。」

「…うん。」

「お前が一人戦場で死ぬのはお前の勝手だ。だがこちらはお前だけの問題じゃない。試合を組んでいる他のランカーにだって迷惑がかかってる。」

「…うぅ。」

「お前に負けたら八百長だの賄賂だのと騒がれるレイヴンの気にもなってみろ。」

「うん…うん……試合組むことの多いチェーンインパクトやバックブレイカーには、ホント迷惑かけてるよね…ゴメン……。」



肩をすぼめうつむき、今にも泣きそうなフィクサーを見てハッとした。
…しまった、少し言い過ぎたか。
『慎重』を良しとするバックブレイカーには珍しく、やや焦りを覚えた。
落ち着くべきだと、先ほど荒々しく置いたカップを再び手に取り、少しずつ飲みながらまた話し始める。今度は穏やかに続けた。



「……まぁ、今時こんな時代に"恋愛"にそこまでベクトルを向けるヤツも珍しい。そこだけは、まぁ…褒めてやる。」

「ありがと…ごめんね。」

「もういい、謝らなくていい…してしまったものは仕方ないだろう。こちらも少し言い過ぎた。それよりも…。」

「ん?」

「…今回はまた、随分と早いじゃないか。前回の"不調"はついこの間だったろう。確か、ウェンズデイ電鉄のアナウンサー、スミカ…とか言ったか。」

「うん、そだね……。」

「……まぁ、多少古傷を抉るような話になっているのは申し訳ないが、早すぎないか?俺とチェーンインパクトに相談してたのは2週間前だったか。」

「うん、彼氏いた。」

「ブバッ!?」



次に飛んだのはエスプレッソだった。



「うわぁ今度は君か!!?」

「げふっげふ…す、すまん……いや、というか………っ!」

「あう、テーブルと顔面が万遍ない……。」

「な、なんていうか…そういうのは"好き"になる前にリサーチしておくモンじゃないのか!?」

「だってしょうがないじゃない!僕だってそうしたいけどさ、その前に"好き"ってスイッチが入っちゃったんだもの!!」

「はぁ…計画性というか可能性というか……無茶苦茶なヤツだな…。」

「君は慎重すぎるんだよぅ…。」

「性分だからな。…一応、月並みな質問だが、いつ知ったんだ?」

「うん、相談したあと、バックブレイカー仕事入ってたでしょ?だから僕、チェーンインパクトに頼んで彼女のこと少しリサーチしてもらったんだ。」

「……なるほど、そしたら、ってことか。」

「すぐに携帯にメール入ってきてさ、『キスしてた!これ彼氏じゃね?』って文と共に……あろうことか写真が添付してあって……。」

「……それはまた、えげつない。」

「そこまでしなくてもいいのにね…。」

「見るお前もお前だけどな。」

「見るでしょ…やっぱ、こっちとしては、半信半疑だし。っていうか…半信半疑にしたいじゃない。」

「…その辺りが、お前の無計画性が露呈してるところだ。」

「……まぁ、うん。さすがに、ちょっと反省はしたかな…。あの時、"自分があそこまで落ち込む"っていう計画は想定外だったね……。」

「…しかし諦めも早いな。お前なら"略奪"くらいは考えそうじゃないか。俺なら絶対しないが。」

「相手がさぁ…スティンガーって人らしくて、どうやらウェンズデイ電鉄の幹部のお偉いさんだったみたい…。」

「幹部か…。こっちは莫大な収入はあるがいつ死ぬかわからんしがない職業だからな…。」

「しかも顔イケメンでした…。」

「勝てる要素ないじゃないか。」

「……ぐすん。」

「………わかったよ。悪かったよ。これ以上過去の話でお前を傷つけるのはやめるよ。」



持っていたカップを置き、コートの内ポケットから右手でそっと煙草とジッポライターを取り出す。
ボックスタイプのそれから一本取り出し口に咥え、壊れずに長持ちしそうな重厚なライターに、慣れた手つきで火をつける。
テーブルの上の灰皿を自分に寄せ、少し紫かかった煙を燻らせて、バックブレイカーは続ける。



「…しかしまた恋愛するのも随分と早いもんだ。立ち直るのが早いのは知っているが、いくらなんでももう少し考えろ。」

「いや、だって、好きになっちゃうのは仕方ないじゃないー。すごくキレイな人だったんだよ!」

「だからその"仕方ない"をだな、もう少し…。」

「いやでも、ホントにキレイだったんだって!ちょっと考え事しながら外歩いてたら、偶然!」

「…どこほっつき歩いてんだよ。」

「たまたまフライトナーズ美術大学前を通ったらさ、そこから出てくる学生さんに…恋に落ちました。」

「うん、さては馬鹿だな貴様。」

「何とでも呼んでくれっ!俺は思わず声かけちゃって…もうデートの予定組んじゃったんだ♪」

「お前ちょっと今から計画性というものを買って来い。売ってるだろ、キサラギ辺りが。」

「キレイだったなー、レミルさん。…あっ!そう言えばさぁ!」
















「……ギャーギャーうるさくて、静かにコーヒーも飲んでいられないと思ったら…。」








フィクサー達が座っているテーブル席から2〜3mほど離れたカウンター席の端から、その声は聞こえてきた。
冷たい女性の声の主は座っていたカウンター席からこちらに近づき、
フィクサー達が座っているテーブルの目の前で止まり、カップを片手に持ちながら二人を見下している。

彼女を見てまず一番目に留まるのは、その左目につけられた真っ赤な眼帯であろう。
鋭い眼光を覗かせている赤い髪に、真っ黒のタイトなロングコート。
手にはめられた黒革の手袋に、黒いロングブーツ。
全身黒一色に染められたその格好と対照的な赤い髪と眼帯。
プロポーションの良い体が目立つその"黒装束"は、誰もが一度振り返る。
そしてその美しい顔とどこか悲しげな鋭い目は、見た者を恋に落とすには十分すぎるほどだろう。
人気の高い理由は語るまでもない女性アリーナランカー、「ファナティック」である。



「…3バカの2人じゃないか。マシンガンバカは今日は休みか?」

「お、ファナ姐こんちは〜!」
「……また会ったな。」

「…八百長バカと慎重バカに挨拶されても、良い気分じゃないね。」

「言ってくれるじゃんか!それと僕八百長なんかじゃないやい!」
「…性分だ。」

「で、何の話してるんだ…ていうか、とっとと帰ってくれないか。落ち着けやしないんだ、こっちは。」

「あ、何の話だったっけ…あ、そうそう!そう言えばさぁバックブレイカー!」

「俺か。何だ。」

「フレアさんとの仲はどーなの?」

「ブバッ!?」



床一面が茶色く染まった。



「どうしたファナ姐!?ていうかあんたかよ!」

「な…何かと思ったら……お、お前らガキじゃあるまいし…っ!」

「…フレア?」

「そうそう!こないだ一緒に依頼こなした時から仲よくなってたじゃん?あれどうなのかなーと思ってさぁー?」

「どうって……別に、どうにもならんさ。俺はお前みたいにホイホイ恋愛なんぞするか。してたまるか。」

「なんだよつまんないなー。でもさ、ホラ、戦場とかの命懸けの場所って、恋に落ちやすいとか言うじゃん?」

「…あれだろ、命の危機からなる心臓の動機の変化や閉塞感が、自分自身の体が"恋愛している"と勘違いする作用だろう。」

「そうそう!たぶんそう!よく知らないけどそう!だからほらー、案外フレアさんもまんざらでもなかったりしたんじゃないー?」

「お前ちょっと今から知識と教養を買って来い。売ってるだろ、キサラギ辺りで。」

「いいじゃんいいじゃん!こういう話で盛り上がったっていいじゃん!あんまり恋愛の話なんてないんだからこの世界!」

「ミダスとバーチェッタ辺りで我慢しろ。」

「あれもう別れてるじゃんか…寂しすぎるよ……ねぇー、何かないのー?浮いた話とかさー。」

「ない。俺は恋愛なんぞするためにここにいるんじゃない。これからも、俺はしない。」

「なんだいなんだい!つまんないやつだねぃ!あ、ファナ姐は何かある!?それだけ美人だったら言い寄ってくる男も少なくないって噂が…」

「……帰る。」

「へ?」

「…私は帰るぞ。バカバカしい。バカが揃ってバカ話にバカを咲かせているところに行く私がバカだった。マスター、勘定、置いとくぞ。」

<…お互い生きていれば、またいいコーヒーも飲めるだろう。ただし、失望させるなよ。楽しみにしている。>

「何をだよ。」

<いいツッコミだな、気に入った。お互い生きていr>




ゴトゴトと、重厚なロングブーツの音を短い間隔で鳴らしながら、ファナティックは足早に店を去っていった。




「…あんな早足で帰るなら、最初から来なきゃいいのに……。」

「そう言うな。帰った理由は俺ら、もとい、お前にあるわけだしな。」

「あ、またそうやって僕一人のせいにする。バックブレイカーが愛想良くしないから帰っちゃったのかもしれないよー?」

「バカか。バカだ。」

「重ね技の上に肯定系はちょっと心に来るものがあるんだけど…。」

「足りんくらいだ。」

「ひどいよ…。」

「……さて、バカやってないで、俺らもそろそろ行くぞ。」



短くなった煙草を灰皿に押し付け、火を消していく。
何度も何度も力を込め、煙草のフィルターが真ん中で折れて"く"の字になってもまだ押し付ける。
ようやく煙が全て消えたとき、吸い終わった後よりも随分と小さく畳まれ、潰されていた。
何故そこまでするのかと聞いても、愚問だろう。きっとまた「性分だ」の一言で終わるに違いない。

煙が出ないことを確認すると、羽織っていた深い緑のコートの襟元を掴み、
少し正したあとで椅子から立ち上がった。



「えー!?もうちょっと僕の話聞いてよー!」

「今日はもういいだろ。」

「僕が相談し足りないよ…。」

「チェーンインパクトもいた方がいいだろう。」

「まぁ、確かにそうかもだけどさ…でも。」

「俺一人で有効的な答えは出せんだろうからな。」

「何もそこまで慎重にならなくたっていいじゃない。頼りにしてるんだよ?」

「性分だからな。」

「……しょうがないな…わかったよ。でも、今度は絶対聞いてよね。」

「そうするよ。」



半ば促されるように、だらしのない紳士も立ち上がる。
立つ途中にテーブルの端にボタンが引っかかり、バランスを少し崩したのをバックブレイカーは見逃さず、すこし顔がほころぶ。
笑うなよー、と、ぶーたれた顔をしたが、すぐに先ほどのような人懐こい笑顔に戻った。



「…そういや、さっきデートの予定組んだとか言ってたよな。」

「うん!そうだよ!」

「いつだ?」

「4日前に『4日後の16時にね!』って約束したんさー♪」











「………。」









「え?何?何間?」





「…問題です。」

「はい。」

「4引く4は?」

「ゼロだねぇ。」



「…そうだよな。ちなみにもう17時なんだが。」

「へぇー、もうそんな時間なんだ。それがどうかした?」

「………ほう。まさか馬鹿だったとはな。」

「あ、えーと、うん、あれ、ちょっと待って、えと、あれだよね、うん、ちょっとわかってきた、あれ、ちょっと、あれ、コレちょっと、え?」

「…場所は。待ち合わせの。」

「美大前だね、うわこれあれ?ちょっと、え?若干遠いよね?ちょっとAC乗ってくる!」

「どんなデートにする気だ。街破壊すんのか。斬新過ぎるぞ。」

「えーと、待ち合わせ時間が16時で今が17時だから…うん!間に合う!」

「どうしてそうなった。何算した。」

「悲惨!」

「うまいこと言ってないでとっとと出て行け。何ちょっと現状理解してんだよ。」

「あでも会計しないとね!マスター!ちょっと財布出して!!」

「違う。混ぜんな。どうなった。」

<テンパっているようだな…金を貸そう。>

「ゲドさん頼むからこれ以上ボケ倒さないでくれないか…もう俺が会計しとくから……。」












……かくして、


ランカーレイヴン、フィクサーは一人フライトナーズ美術大学へ向かった。

アリーナから出てすぐタクシーを拾い、全速力で向かうも結局着いたのは17時31分。

当然、誰一人待っているはずもなく、めでたく彼はレミルから「遊び人」の称号を得ることに成功する。

さて、このあと彼は8時間と42分、反省点と後悔と自己嫌悪と壮絶なバトルを繰り広げたが、

一人部屋でハイテンションとローテンションを繰り返しベッドの上で転げ周り疲れ果てるという、

文章にするにはもったいないほど大変面白い動きをしていたのだが、

残念ながら文章にするにはもったいないのでここに記述できない。

※あくまで文章にするにはもったいないので書かないだけです。






…しかし、これにて彼の17度目の恋愛が終わりを告げたのかというと、











はてさて、


















そんなことにならないのが、恋愛の面白いところである。




























〜次回予告〜







「…知ってるか3バカ。最近、破竹の勢いでランカーを撃破している新人のレイヴンがいること。」












ファナティックがポツリと呟いたその一言で、フィクサーは動き出す。












「おぅっす!元気にしてたかフィクサーっ!」

「相変わらず"ヴァリアント(変化する)"だな、チェーンインパクト…。」

「おーっ!久しぶりだね!!」












帰ってきたチェーンインパクト。
新たな悩みを打ち明けるフィクサー。
慎重に物事を思慮するバックブレイカー。

揃う3バカ。












「何してんの?」

「え!?い、いや、ちょっとその新人レイヴンさんにメール打ってて……。」

「…なんだこれ?お前、こんなメール送って何になるっつぅんだよ……。」



「ちょっと貸してみろって、ここをこうして…この辺はもっと、こう……。」






「……そんなことを俺に頼むとはな。高く付くぞ。」

「お願いします…1年間、紅茶奢るんで……。」

「…交渉成立だな。」












牽制目的で送ろうとしていたフィクサーのメール。
あまりにも情けないその文章に、破天荒なチェーンインパクトの手がかかる。

そしてさらなる牽制をかけるべく、カフェ「怒涛流」に立ち寄っていた
Aランクのトップレベルランカーに協力を仰ぐ。












「…だって、次の試合、レミルさんが…見に来るって、言ってたから……。」












果たして、彼の恋は実るのか。
果たして、彼の想いは届くのか。













そして、新たに動き出す、新たに揺らぐ想い。
静かに自分の過去を語りだす、一人の男。
















「悪いな…決めたんだ。あの日から――――――」
















次回、『Nonfixion -愛があればなんでもできるっ!-』











…期待は、どっかから買ってきてください。

売ってるでしょうから、キサラギ辺りに。
作者:アーヴァニックさん